コラム

「臨床・薬学研究に貢献する医療ビッグデータ」#4 国際医療福祉大循環器バイオバンクリサーチセンター長、東京大学大学院先端循環器医科学講座特任教授 小室一成 氏

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バイオマーカーとしての高感度CRPの可能性

 アテローム性動脈硬化性心血管疾患(ASCVD)などの心血管イベントや慢性腎臓病(CKD)について全身性炎症(SI)のバイオマーカーである高感度C反応性タンパク質(hsCRP)を、日常の臨床で診療している心臓専門医がどれだけ認識しているかの実態を探るオンライン調査の結果が「Global Heart」に掲載された。

【参考サイト】
Marx N, et al. Glob Heart. 2024;19:98.
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11673585


 このオンライン調査は、日本を含む10か国で2023年3月24日から5月15日までに実施され、その結果、SIがASCVDを発症する危険因子だと考える医師は約7割いることが分かった。

 調査に参加した小室一成氏(国際医療福祉大循環器バイオバンクリサーチセンター長、東京大学大学院先端循環器医科学講座特任教授)は、このオンライン調査とは別に、メディカル・データ・ビジョン(MDV)の国内最大規模の診療データを活用することによってASCVDと心不全(HF)患者のSIとの相関関係や、併発疾患などについてのコホート研究をした。

 小室氏らの研究グループは、MDVの医療ビッグデータを基に、2008年から2023年の間の患者データを18歳以上のASCVDの集団をコホート1(10万7807例)、HFの集団をコホート2(7万1291例)に分け、それぞれのコホート群をhsCRPで3つ(正常低値:0.1㎎/dL未満、正常高値:0.1~0.2㎎/dL未満、高値:0.2~1.0㎎/dL)に分類した。

 コホート1とコホート2でhsCRPの上昇と関連する因子を特定するために、ステップワイズ法によるロジスティック回帰分析を実施。その結果、コホート1について、hsCRP高値(0.2~1.0㎎/dl)の特性として、男性、高齢者に多く、認知症、2型糖尿病、CKDなどが既往症として多いことが分かった。一方、コホート2については、既往症で高血圧症が75%超となっていたほか、CKD、心房細動などと続いた。

小室氏のインタビューは以下の通り。

 今回、10か国で実施した心臓専門医へのアンケート調査が掲載された「Global Heart」は、WHF(World Heart Federation=世界心臓連合)のジャーナルです。WHFは世界的な循環器の団体で、WHO(World Health Organization=世界保健機関)の会合に出席できる唯一の組織です。

 世界中にWHFの諮問委員がいて、私は、日本の諮問委員を務めています。WHFではアフリカや南米などのLMIC(Low and Middle Income Countries)の医療をどのようにしたらより良くできるかを中心に活動していますが、私には先進諸国の中でも最長寿国である日本が、どのようにして医療を発展させたのかを伝える役割があると思っています。

 WHFは医療のあるべき方向性などを提言しているので、今回、SIを臨床現場の心臓専門医がどのように認識しているかをヒアリングしました。私は、LMICでも増加しているASCVDやHFに対する臨床現場を変え得る“第一歩”として、このアンケート調査の結果を報告した方がいいと考えました。そこで、「Global Heartに今回の調査結果を掲載したらどうか」と提案をしたところ、掲載される運びになったのです。

医療ビッグデータ解析は研究の出発点

 アンケート調査でASCVDを診療している中で、一定程度の心臓専門医がSIを認識していることが分かりましたが、実際SIが循環器疾患と相関があるのかどうかを明らかにする必要があると考えました。そこで、ビッグデータを後方解析したところ、実臨床への大いなるヒントが得られました。

 世の中に医療データはたくさんありますが、信頼に足る相関関係を導くにはより多くのデータが必要なので、実患者数で5000万人超のMDVの診療データを使いました。実患者数が多ければ多いほど、詳細かつ明確な解析結果を得ることが可能となります。

 データの規模が小さいと、「こういった傾向が見られる」といった程度の結果で終わってしまいます。ビッグデータに関しては、“数(データの規模)は力”という面は明らかにあります。今回のビッグデータ解析では、一部意外なデータも出てきましたが、非常にきれいなデータが出たことで、ビッグデータ解析の有用性を改めて実感しました。CKDや慢性閉塞性肺疾患(COPD)などがSIと関係していることは予想していた通りでした。その一部の意外なデータとは、既往症としての認知症です。認知症を含めて多くの疾患に慢性炎症が関与しているといった研究結果はありますが、SIがこれほど認知症と深く関係しているとは思いませんでした」

 当然ながら、ビッグデータ解析から当該疾患が発症した機序や因果関係は分かりません。ただ、結果自体はとても興味深いので、今後の研究のヒント、言い方を変えると研究の出発点となります。そこで次に必要なのが介入試験となります。SIをコントロールすることで、はたしてASCVDとHFなどの心血管イベントを抑えることができるのかを検証していくことになります。

SIは残余リスクの筆頭

 医学は日進月歩で進んでいます。ところが、私が専門とする循環器領域では、依然として心筋梗塞で命を落としている人がいます。危険因子とされる脂質異常症、高血圧症、糖尿病などについての治療薬は相次ぎ開発され、実臨床でも患者に投与されています。ところが、それらのリスクを管理しても、心筋梗塞を発症する患者はいます。

 リスク低減のための対策を施した後も依然として残存しているリスクのことを「残余リスク」と言いますが、その筆頭がSIです。解決できていない課題の一つが、SIです。医療の現場でもかねて、心血管疾患に対して何となくなくSIがカギを握るという考え方が広まっていましたが、炎症を抑制する治療法がなかったのでそれほど関心が高まることはありませんでした。

 そのような中で2017年、CANTOS(Canakinumab Anti‐inflammatory Thrombosis Outcome Study)試験の結果が発表され、IL-1βを標的とした抗炎症治療が心血管疾患の二次予防に有効である可能性が示されたのです。

 このカナキヌマブ(canakinumab)とは、IL-1βという炎症性サイトカインを標的とするモノクローナル抗体です。カナキヌマブはASCVDばかりでなく、一部のがんの発症も抑制したのですが、感染症が増加したことと費用対効果の面で実臨床には進みませんでした。現在、IL-1βの下流のT細胞やマクロファージなどの細胞が産生するサイトカインの一種であるIL‐6に関する治験が行われています。今回、私が関わったビッグデータ解析は、そこにつながる前段階の研究と位置付けることもできるでしょう。

ビッグデータ解析と介入試験は“車の両輪”

 本来、確固たるエビデンスを得るには、患者を含む研究対象者に対して、薬、治療、行動などを介入させ、その結果を比較することで効果を検証する臨床試験(介入試験)を実施する必要があります。しかし、介入試験には何十から何百億円という莫大な資金が必要です。

 また、介入試験というのは、特定の患者群を集めて実施するので、その結果を特定の患者群以外に広く一般に当てはめる(外挿する)ことができません。つまりエビデンスレベルは高いのですが、介入試験で代表的なランダム化比較試験 (RCT=Randomized Controlled Trial)といえども、必ずしもパーフェクトではありません。そうなるとRCTの前に、このようなビッグデータを使った解析をすることが、臨床研究の効果的な進め方だと、私は考えています。

 介入試験を始めるにあたって、患者を選び登録をします。超高齢者や腎透析患者、がん患者などを登録することは通常しません。ところが、そういう方々こそ、心不全などの心血管イベントが多いのです。それにもかかわらず、適切な治療方法や薬剤などといった回答(治療方法)をお示しすることができないというジレンマがあります。

 また介入試験には膨大な資金が必要です。ところが、ビッグデータ解析は、データさえあれば比較的に低予算で研究を始めることができます。また、介入試験の結果が出た後も、実臨床を反映させたビッグデータで効果・効能、つまりはアウトカムが合致しているかを確認することも大事になってきます。

 繰り返しますが、介入試験は決してパーフェクトではなくて、意外な結果がでることもありますし、その時には、実臨床から導き出したビッグデータ解析が参考になります。つまり、ビッグデータ解析は出発点であり、ビッグデータ解析と介入試験は“車の両輪”だと思います。

【小室氏のご略歴】

1984年(昭和59年) 東京大学医学部附属病院第三内科医員
1989年(平成元年) ハーバード 大学医学部博士研究員
1992年(平成5年)  東京大学医学部第三内科助手
1998年(平成10年) 東京大学医学部循環器内科講師
2001年(平成13年) 千葉大学大学院医学研究院循環病態医科学教授
2009年(平成21年) 大阪大学大学院医学系研究科循環器内科学教授
2012年(平成24年) 東京大学大学院医学系研究科循環器内科学教授
2012年(平成24年) 東京大学大学院医学系研究科循環器内科学教授
2023年(令和5年)  国際医療福祉大学副学長
                 東京大学大学院医学系研究科先端循環器医科学講座
                特任教授
                 東京大学名誉教授

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