コラム

製薬業界における医療AI活用の最前線|創薬・臨床試験・規制対応まで解説 #120

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 製薬業界は今、医療AIの導入によって歴史的な変革期を迎えています。

創薬研究から臨床試験、薬理評価、さらにはマーケティングに至るまで、発展途上でありながら、AIは従来の限界を超えたスピードと精度を実現し、大きなメリットを提示してきました。

ここでは、AIの最新の活用事例や製薬業界への応用、現状の課題、未来予測まで、医療AIが切り拓く製薬業界の新たな方向性について解説します。

製薬企業における医療AIの最先端活用事例

 製薬業界では、AIが新薬開発のあらゆるフェーズに導入されつつあります。

創薬ターゲット探索から臨床試験、薬理評価、副作用予測に至るまで、AIは従来の手法では不可能だったスピードと精度を実現し、研究開発のあり方を大きく変革しています。

ここではまず、創薬研究、臨床試験の設計やデータ解析、薬理評価や副作用予測におけるAIの活用について説明します。

創薬研究におけるAI活用の最新動向

 従来は疾患標的の同定から候補化合物の最適化に至るまで、10年以上、数千億円規模の投資が必要でしたが、AIの導入により構造が大きく変わり始めています。

AIにより、膨大な数の化合物をスクリーニングし、有望な候補化合物を短期間で抽出できるようになりました。同様に、ゲノムやタンパク質データ、新規治療標的や分子ネットワークの解明も対応可能です。

実際に国内ではスーパーコンピュータを活用したインシリコ創薬により、数百億通りの組み合わせの演算を数時間で処理する成果も得られています。

また、近年ではドラッグ・リポジショニングへの応用も注目されています。

既存薬の安全性データを生かしながら新たな適応を探索できるため、特に開発が難しい小児がんなどで開発期間やコスト削減に大きな効果を発揮すると期待されています。

加えて、従来の自社で完結する研究開発の体制から、大学やベンチャーと協働するオープンイノベーション型創薬へのシフトも進行中です。

ここでもAIは、シーズ探索の効率化や連携先の目利きを支援し、研究ネットワーク全体のシナジーを加速させる役割を担っています。

臨床試験設計・データ解析でのAI応用

 創薬の成否を左右する臨床試験については、臨床試験に進んだ新薬候補のうち、約9割が失敗することがわかっています。
その効率化と成功率向上に向け、以下のような場面で、医療へのAIの活用が現在広がっています。

  • 希少疾患におけるシミュレーション
  • リアルワールドデータ(RWD)の活用
  • 被験者の組み入れ
  • バーチャル治験
  • 自動ケースレポート作成
  • 臨床試験結果の予測

まず、症例数が限られる希少疾患領域では、AIによるシミュレーションが有効です。
より適切な被験者数や試験デザインを提案することで、少ない症例でも信頼性を担保した解析が可能になります。

電子カルテや診療データベースといったRWDの活用では、治験中の逸脱や安全性リスクをリアルタイムに検知し、質の高いデータ収集につなげることができます。

臨床試験への被験者の組み入れについては希少疾患にも関連しますが、AIの活用により、適格な被験者を見つけやすくなっています。

健診データや医療記録を解析して適格患者を抽出し、登録スピードを高めています。

AI支援による治験患者登録と同様に、バーチャル治験や臨床試験結果の予測などにもAI活用が進んでいます。

試験においてAIによる自動でのケースレポート作成で業務効率化が進められており、また、過去の膨大な治験データを学習した試験結果予測で、失敗を未然に防ぐことにもつながっています。

薬理評価や副作用予測におけるAI技術

 AIは、薬理作用のシミュレーションや副作用予測にも強みを発揮しています。

新規候補化合物の副作用や毒性リスクを予測するためには多くの動物実験や臨床試験が必要でしたが、AIは既存のデータを用いて、未知の薬剤に対しても副作用の発現確率を推定できるようになっています。

これにより、開発初期段階からリスクの高い候補を排除し、安全性の高い化合物に資源を集中させることが可能になります。

特に精神・神経疾患の分野では病態の解明が不十分であり、治療効果を反映するバイオマーカーや動物モデルが存在しないため開発費用の回収が難しく、巨大製薬企業の開発からの撤退が相次いでいます。こうした課題が大きい領域で、AIの応用は期待されています。

薬理評価も自動化され、AIによる画像解析やアッセイ自動化により、動物試験や細胞試験の結果を高速かつ高精度に評価することが可能となっています。

同様に、AIが膨大な投与データや電子カルテなどの情報を学習することで、副作用や有害事象の予測も可能です。

AIは分子構造から薬物動態を予測できるため、     ADMET予測(吸収・分布・代謝・排泄・毒性)により早期に安全性リスクを評価できます。

またAIは、単一薬剤だけでなく多剤併用の相互作用予測や、患者ごとの副作用リスクの評価にも活用され始めています。

これにより、安全性の見極めが従来よりも早期に、かつ正確にできるようになり、臨床試験段階での失敗を減らすことが可能になるでしょう。

医療AI導入がもたらす製薬業界の変革

 このように、AIはもはや研究支援ツールにとどまらず、製薬ビジネス全体を変革する中核技術となりつつあります。

ここからは、研究開発の効率化から経営戦略、さらには市場分析まで、製薬企業において医療AIがどのように導入されるのかについて説明します。

開発期間短縮と研究効率の飛躍的向上

 従来、候補化合物の探索や前臨床評価には数年単位の時間が必要でしたが、AIを活用することで1年未満、場合によっては数週間に短縮される場合があります。

これはAIを用いることによって、候補化合物の選定やリード化合物への絞り込み、既存薬の情報から候補化合物を探索することなどが可能だからです。

COVID-19の事例ではAIにより感染のプロセスを解析することができ、そのプロセスを阻害可能な既存薬も同定されました。

身近な場面では、英語論文の読解などもAIの得意分野であるため、研究者や医療従事者の情報収集が効率化されることも考えられます。

臨床試験においては、AIが試験参加者の情報や承認申請に必要なデータを最適化できれば、より少ない症例数で済むことや、試験に適格な被験者の組み入れが容易になることなどが予想されます。

試験参加者や施設・企業の担当者の負担が軽減され、試験の実施が効率化されるでしょう。

コスト削減とROI最大化のための戦略

 開発コストの削減やROI(Return On Investment:投資利益率)においても、AIは活躍します。

まずは上述の通り、候補化合物のスクリーニングや試験担当者の人件費の削減などにAIが寄与することが考えられます。

次に、動物実験の機械学習モデルが使用されれば、マウスなどを用いた前臨床試験を減らすことが可能になり、同時に実験動物の飼育や維持にかかる費用も減らすことが可能です。

他には、試験で得られたデータの解析をAIが担当することや、AIがドラッグ・リポジショニングを促進して効率的に新たな薬剤を国内で使用可能にすることから、コスト削減やROI向上に役立つでしょう。

AIが変えるマーケティング・市場分析手法

 マーケティングや市場分析は多くのデータを取り扱う分野であるため、AIによる影響も大きく受ける分野です。

医療分野では、電子カルテや処方データなどの膨大なデータ、RWDなどを統合的に解析し、患者ニーズや治療動向をリアルタイムで把握することができます。

マーケティングの分野では、医師の処方行動や患者の治療継続状況のデータから需要予測が可能となり、製薬企業の営業活動がより精度の高いものになるでしょう。

限られたリソースで、患者や医師を中心としたマーケティング戦略を取りやすくなります。

医療AIの課題と規制対応|厚生労働省・国際基準を踏まえて

AIの活用には大きな可能性が秘められていますが、特に医療への活用に関しては、規制や倫理課題への対応が欠かせません。

ここでは、データガバナンスと研究倫理の確立、国内外の規制動向や承認プロセス、実際に製薬企業が取るべきアクションについて説明します。

データガバナンスと研究倫理の確立

 AIは患者データだけでなく、究極の個人情報といわれるゲノム情報の解析をする場合があるため、情報の管理や倫理的配慮が欠かせません。

そのため、厚労省は研究DXの推進とともに、匿名加工医療情報やその定義、倫理面など、活用時のルールを整備し、国際的にも透明性の高いデータ活用を進めています。

関連する法律には「医療分野の研究開発に資するための匿名加工医療情報及び仮名加工医療情報に関する法律」が、ガイドラインでは「医療デジタルデータの AI 研究開発等への利活用に係るガイドライン」などが挙げられます。

日々、海外企業との競争下にある製薬企業にとって、存分にAIを活用するために、情報管理や研究倫理の整備は欠かせません。

国内外規制動向と承認プロセスの変化

 AIにより新薬開発のスピードが加速する一方で、国内企業と海外企業の間に格差が生まれる懸念や、ドラッグラグによる治療機会の損失が日本国内で指摘されています。

日本ではAIの登場より前から、有効な治療法がなく命に関わる疾患等の治療に対し「先駆けパッケージ戦略」が推進されてきました。

この戦略により、審査期間がさらに短縮されるよう、近年では英語資料の受け入れ範囲の拡大や各国間での審査パッケージの統一、日本人のデータだけに依存せず、海外第III相試験にアジア人データを組み込むなど、柔軟な対応が検討されています。

製薬企業が今取るべき実務的アクション

 製薬企業にとっては、規制対応を待つのではなく、積極的にデータガバナンス体制を構築し、早期から規制要件に適合した環境下でAIを事業の効率化に生かすことが求められています。

具体的には、以下の3つが挙げられるでしょう。

  1. 研究開発段階からの倫理的配慮
  2. データ匿名化やセキュリティの強化
  3. 国内外規制の調和を踏まえた承認戦略の策定

上述の匿名加工情報に関する法律や、医療デジタルデータの活用のガイドラインなどを実際に確認してみると、イメージを掴むことが可能です。

AIは変化の激しい分野であるため、規制状況や技術など、新しい情報のキャッチアップも欠かせません。

今後の医療AIと製薬業界の未来予測

 ここからは、AIの登場によって製薬業界がどのような未来になっていくのかを説明します。

個別化医療の実現から研究者とAIの協働、さらには次世代AI技術による新たな医療像まで、将来の展望を一緒に確認していきましょう。

個別化医療・予測医療へのAI適用可能性

 現状のAIは大量のデータを取り扱うことや分析に優れる一方で、仮説構築や臨床的直観は依然として人間の研究者に強みがあります。
AIが登場しても、研究者の洞察力や臨床経験は、完全に置き換えられるものではありません。

そのため、AIに仕事を奪われるのではなく、AIと研究者が互いの強みを補完し合う、共創型の創薬が主流になることが考えられます。

共創型の創薬により、疾患機構や薬効メカニズムを発見するきっかけにもなり、また新たな研究開発を進める好循環を生み出す可能性があります。

また、研究分野だけでなく産学官連携の枠組みでも、相性の良い連携先を探すためなど、間接的にAIが活躍するでしょう。

現時点でも驚異的なAIですが、まだ進化の過程でもあるため、新しい情報をキャッチアップしつつ、人間とAIの役割もアップデートし続ける姿勢が大切です。

次世代AI技術が切り拓く医療の未来像

 将来的に医療は、量子コンピュータとの融合や生成AIの活用によって、まったく新しい未来像が拓かれると予測されています。

なかでも、AIの関連により注目されている分野といえば、再生医療・遺伝子治療・ビッグデータ創薬などが挙げられます。

再生医療の分野では細胞培養や画像解析に、遺伝子治療ではゲノム配列の解析、ビッグデータ創薬では化合物の自動デザインに、それぞれAIが役立つと考えられています。

まとめ|医療AI活用で製薬業界が目指すべき方向性

 医療AIは、開発期間の短縮やコスト削減といった効率化だけでなく、個別化医療や新たな治療法創出といった質的な革新をもたらします。

質的な変化から、製薬業界は効率化が重視される産業から、未来医療を創造する産業へと進化していくことが期待されます。

AIを正しく活用することが、次世代の患者と社会に大きな恩恵をもたらす道筋となります。


【監修者】岡本妃香里

2014年に薬学部薬学科を卒業し、薬剤師の資格を取得。大手ドラッグストアに就職し、調剤やOTC販売を経験する。2018年にライター活動を開始。現在は医薬品や化粧品、健康食品、美容医療など健康と美に関する正しい情報を発信中。医療ライターとしてさまざまなジャンルの記事執筆をしている。

【執筆者】吉村友希

医薬品開発職を経て医療ライターに転身。疾患・DX/AI・医療広告・薬機法など、医療と健康に特化した記事制作を担当。英語論文を活用した執筆やSEO対策も可能。YMAA認証取得。

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