DTx(デジタルセラピューティクス)とは?医療の未来を変えるデジタル治療の全貌 #107

2025.09.17
2025.09.17
医療においてもデジタル化が進む昨今、ソフトウェアによる治療介入を可能にするDTxが新たな治療手段として注目を集めています。
特に、患者自身の行動変容が求められる生活習慣病やメンタルヘルス領域では、従来の医薬品では難しかった継続的かつ個別化された治療介入が可能となりつつあります。
ここでは、DTxの周辺を取り巻く言葉の定義から、実際の国内外の活用事例、医療現場や産業への影響、市場動向、他国や開発企業の状況などについて触れました。
DTxに関心を持ち始めた方から、自社開発や導入検討の可能性を探る方に向けて、最近の状況について説明します。
DTxとは?
DTx(Digital Therapeutics:デジタルセラピューティクス)とは、ソフトウェアを用いて疾患の治療や管理をする新しい治療手段です。
まずは、DTxの定義や他の関連概念との違い、注目される理由について解説します。
DTxの定義
DTxは、疾患の予防・管理・治療を目的とする医療機器プログラムの中でも、エビデンスに基づいた治療的介入をするものです。
スマートフォンやタブレットを活用して治療をするシステムが全般的にDTxであり、日本では治療用アプリと呼ばれることもあります。
医師による処方や管理のもとで使用され、患者の行動変容や生活習慣の改善を促すことで治療効果や治療の補助効果を発揮するものです。
デジタルヘルス、SaMDとの違いとは?
デジタルヘルスやSaMD(Software as a Medical Device)、DTxの違いについて、定義から説明します。
- デジタルヘルス
広義の意味は、DTxやデジタルメディスン(デバイスが組み込まれた医薬品)を含む言葉。狭義では臨床的なエビデンスを持たないもの、医療機器に該当しないもので、健康管理や予防など健康に関係する目的を持つ消費者が取り入れられるもの。 - SaMD
ソフトウェアだけで構成された医療機器で、診断・予防・治療を目的としたものを含む。日本語では医療機器プログラムを指す。 - DTx
SaMDの中でも治療や治療介入を主な目的においたもの。
また、医療機器ではない形のヘルスケア製品は、non-SaMD(非医療機器プログラム)と定義されます。
なぜDTxが注目されるのか?
DTxは現代の医療課題を解決できる可能性があるため、注目を集めています。
- 慢性疾患や精神疾患に対応可能
生活習慣病やADHD(注意欠如多動症)、うつ病など、生活習慣の改善や行動変容が不可欠な疾患と相性が良い。 - 開発スピードとコストのメリット
従来の医薬品や医療機器と比べて企画から提供までが早く、開発コストも少なく済むことから、より少額の医療費で提供できる可能性がある。 - 普及のしやすさ
多くの人が所持しているスマートフォンを使用するため患者に受け入れられやすく、また、規制などが整えばデジタルの活用により全世界への展開も将来的に可能性がある。
これらの特徴により、DTxは医療の質の向上や医療費削減など、多方面でのメリットが期待されています。
DTxの具体的な活用事例【海外と日本】
DTxはすでにいくつかの疾患領域で実用化されており、特に患者自身の行動変容や生活習慣が大きく影響する疾患に対して効果を発揮しています。
ここでは、海外と日本で承認・開発されている代表的なDTx製品について、小児ADHD・ニコチン依存症・2型糖尿病に対する事例を紹介します。
小児ADHD治療補助アプリ
FDA(アメリカ食品医薬品局)に承認されたゲーム型DTxに、小児ADHD治療補助アプリがあります。
ビデオゲームによるトレーニングをして、脳の特定領域を刺激することで集中力や認知機能の向上を図る設計です。
通常の治療と並行して利用でき、子どもにとって楽しい形式で、継続できる治療を実現している点が大きな特徴です。
ニコチン依存症治療アプリ
ニコチン依存症に対するDTxが存在しており、アイテムとしては患者用アプリ・医師用アプリ・COチェッカーの3つが用いられます。
禁煙治療を目的として医師が処方する形で提供され、患者用の依存症治療アプリと、患者の呼気中一酸化炭素(CO)濃度を測定するCOチェッカーを使用して、患者ごとの喫煙状態をデータとして収集します。
収集されたデータに独自のアルゴリズムが働きかけ、これによって作成された個別の治療ガイダンスが提供されることで、禁煙治療のサポートがなされます。
医師用アプリからは患者の入力データを医師や医療従事者が確認することが可能なため、治療の進捗を把握することも可能です。
禁煙治療は通院時よりも普段の生活での過ごし方が治療に直結するものである一方、患者の生活に医師が介入することは難しいものでした。
患者自身が自制心によって禁煙に取り組むことが多いため、来院時以外にも治療介入ができる点にDTxの強みがあります。 このアプリの使用により大きな副作用なども出ていないため、喫煙に対する依存症に対して、有効かつ新しい方法が登場したと考えられています。
2型糖尿病の治療アプリ
スマホアプリという形式で、食事・血糖値・服薬状況などのデータを管理でき、入力データから個々の患者に合わせたアドバイスを提供します。
薬物療法・食事療法・運動療法などの情報提供や専門家へのQ&A機能も備えており、医師と連携して、患者の自己管理能力をサポートすることが狙いです。
DTxは応用範囲が広がっており、コカインや覚醒剤などの依存症患者に向けたDTxの開発も進められています。
DTxがもたらすメリットと課題
DTxは医療現場に新たな価値をもたらす革新的な技術として注目される一方で、普及にはいくつかの課題も抱えています。
ここでは、DTxによる治療の効率化や医療費削減といったポジティブな側面と、制度・運用面でのハードルをバランス良く整理して解説します。
医療のデジタル化による治療の効率化
DTxの強みは、スマートフォンのアプリなど患者に身近なものであるため、日常生活の中で治療の継続や補助ができる点です。
従来の治療では、治療として来院時にしか介入できませんでしたが、24時間体制でサポートが可能です。
上述の事例の通り、治療用のアプリに患者が症状や状態を記入することでアプリから適切なアドバイスが提供されたり、治療情報を学ぶことができたり、通院間の空白を埋める手段としても機能します。
アプリを通じて医師側も患者の状態を把握でき、診察時に判断精度が高まるため、医師と患者の双方にメリットがあります。
医療費削減への貢献
DTxは、企画から提供までの開発期間が短く、開発費用も少なく済むことから、医療費削減への貢献が期待されています。
高額な薬剤の代替手段として使用されれば、直接的に医療費を下げることができるでしょう。
生活習慣や依存症の分野では、早期からDTxによる行動変容を促すことで、重症化を予防し、将来的な医療費の削減も可能です。
また、DTxはデジタルなものであるため、物理的な制約がかからず、ドラッグ・ラグの解消が従来の医薬品よりも容易です。
DTxであれば、海外の治療を国内に取り入れる際に低コストで早く提供することが可能な場合が考えられます。
乗り越えるべき課題(規制、医師・患者のリテラシー、保険適用の問題)
一方、DTxの普及には、以下のように規制、使用者のリテラシー、保険適用に関する課題も存在します。
- 規制や承認プロセスが発展途上
日本ではDTxの承認事例が少なく、医療機器としての評価や審査の枠組みが発展途上にある。アプリの評価基準や臨床試験の設計など、今後は明確なルール作りが必要。 - 医師と患者のITリテラシー
高齢者やITに不慣れな患者の場合はアプリの操作が難しい場合がある。また、従来の治療に慣れている医師は、DTxを活用する際に心理的なハードルが生じることが予想される。 - 保険適用や収益性の不確実性
日本の社会保険制度の中で、保険価格がどのようにDTxに付与されるかはまだ不透明な状況。開発企業の立場からだと、多額の投資をして試験を行っても収益が回収できるかどうかが不透明。
将来的には、個人のヘルスケアデータ(PHR:Personal Health Record)の取り扱いに関しても課題がある状態です。
現在の個人情報保護法では、PHRが要配慮個人情報であることが多く、二次利用をする場合にもPHRの持ち主に許可を得る必要があります。
DTx市場の最新動向と企業の取り組み
DTxは、国内外で急速に注目を集めており、医療の新たな選択肢として期待されています。
ここでは、日本国内の開発企業や製薬会社の動向、海外における成功事例、そして今後の市場成長予測について解説します。
日本国内のDTx開発企業と製薬会社の動向
日本でもDTxの開発が行われており、2022年8月10日時点のデータからは、承認・申請中が3製品、開発中は12製品と示されています。
日本での開発は、2015〜2019年頃に臨床試験やライセンス契約が開始されました。
国内の大手企業が海外の開発元とライセンス契約をしたことで承認申請につながったものや、国内企業から開発が始まったDTxが存在します。
米国や欧州と比べると日本の開発数や承認数は少なく、対象疾患も米国や欧州は10領域以上に対して日本は5領域と少ない状態です。
海外におけるDTxの成功事例
海外における成功事例としても、まずは上述の糖尿病治療アプリや小児ADHD治療アプリが挙げられます。
他のDTxの事例では、PTSD患者向けのDTxや進行性肺がんの患者を対象にしたものが代表的です。
PTSD患者を対象としたものは腕時計型デバイスのアプリとして開発されたものです。
睡眠中の心拍数などから悪夢を見ている状態を判定して、必要に応じて振動により患者を目覚めさせます。
進行性肺がんの患者を対象としたDTxでは、患者の症状の記録からがんの再発リスクを判定し、医師に診断が必要かどうかを判断させることが可能です。
今後もDTx領域は成長が期待できる
現状、国内で医師が患者に処方する治療アプリなどの市場は、明確に存在していません。
しかし、2022年時点の調査では、2045年以降は国内だけでも970億円の市場規模になると予測されており、DTx市場は今後も大きな成長が期待されています。
現状の世界の開発状況に着目すると、2022年3月31日時点では、DTxの提唱を始めたDTA(非営利組織Digital Therapeutics Alliance)のウェブサイトにて、16企業による20のDTx製品の概要が掲載されています。
16企業のうち12社は非上場企業で、14社は従業員数が11〜200人規模、6社は11〜50人規模です。DTxはベンチャーや新興企業に着目されていることがわかります。
20製品の対象疾患も、不安障害・不眠症・うつ・アルコール使用障害・がん治療ケア・尿失禁・偏頭痛・COPDなど、糖尿病やADHDだけでなく多岐にわたっており、今後の発展が期待されるでしょう。
また、ドイツではデジタルヘルスケア法(DVG:Digitale Versorgung Gesetz)の施行により、DTxの保険適用が進んでいます。
日本においてはSaMDラグ・DTxラグが生じている状態ですが、医療機器プログラム向けの承認審査制度・体制であるDASH for SaMD(プログラム医療機器実用化促進パッケージ戦略)が厚生労働省から公表されるなどの動きも見られます。
他国の取り組みが日本でも導入されれば、DTxの普及が加速するでしょう。
まとめ
DTxは、エビデンスに基づいた治療をスマートフォンなどのアプリによって実現する新たな治療手段の一つです。
すでに禁煙やADHD、糖尿病、不眠症などで実用化が進み、規制整備や保険適用の議論も活発化しています。
海外の開発状況からは、大手だけでなく小規模な企業による参入もある状態です。
日本国内でも制度面の支援が整いつつあり、開発企業にとっては新たな価値創出の機会となり得るでしょう。

【監修者】岡本妃香里
2014年に薬学部薬学科を卒業し、薬剤師の資格を取得。大手ドラッグストアに就職し、調剤やOTC販売を経験する。2018年にライター活動を開始。現在は医薬品や化粧品、健康食品、美容医療など健康と美に関する正しい情報を発信中。医療ライターとしてさまざまなジャンルの記事執筆している。
【執筆者】吉村友希
医薬品開発職を経て医療ライターに転身。疾患・DX/AI・医療広告・薬機法など、医療と健康に特化した記事制作を担当。英語論文を活用した執筆やSEO対策も可能。YMAA認証取得。