医療情報の標準化とは?|背景・メリット・HL7 FHIRの基礎知識を解説 #108

2025.09.17
2025.09.17
近年、医療のデジタル化が進む中で注目されているのが「医療情報の標準化」です。
電子カルテをはじめとするさまざまな医療システムの間で情報を正確かつ安全にやり取りするためには、共通のルールやフォーマットの整備が欠かせません。
政府も国際標準である「HL7 FHIR」の導入を推進しており、全国的な情報連携の基盤づくりが進められています。
本記事では、医療情報の標準化がなぜ重要なのか、そのメリット、歴史的な背景、代表的な事例、そして現在直面している課題までをわかりやすく解説します。
医療情報の標準化とは?背景も合わせて解説
医療情報の標準化とは、患者の診療記録や検査結果、処方データなどの医療に関する情報を、共通の形式やコード体系で記録・共有するための整備をすることです。
これにより、異なる医療機関やシステム間でも正確にデータが活用されやすくなります。また、医療従事者と患者の双方の負担が軽減されることや、今後の医療の質が向上しやすくなるなどのメリットがあります。
背景には、日本国内の医療機関に存在する情報が、もともとは管理方法や管理システムごとで分断されており、今もその状態が続いている部分があるという状況があります。
この状況が、情報の収集や解析、記録作業、治験に適した患者の選定や組み入れなどにおいて、労力がかかるという問題につながっているのです。
医療現場では、病院ごとに電子カルテの仕様が異なるため、患者が転院した際に前医の情報が十分に引き継がれないケースが珍しくありません。また、システムを接続するためにもコストが必要となります。
また、災害や感染症が蔓延したときのような緊急時に、迅速な情報共有ができないことが対応の遅れにつながることも予想されています。
利用可能な医療情報は存在しているのにデータ自体が分散しており、情報の利活用ができていないという課題があるため、政府はデータヘルス改革推進本部を設立しました。
特に「HL7 FHIR」などの国際標準を活用することで、医療情報の相互運用性(インターオペラビリティ)が生まれ、患者にとっても医療従事者にとっても、より安全で効率的な医療の実現を目指しています。
具体的には、重複検査(同じ患者に対して同じ検査が複数回実施されること)の実施を回避することによる医療費の適正化や、症例のデータベースが充実することによって研究開発におけるデータ活用の基盤としてより有用になることなどが期待されます。
例えば実生活だと、マイナンバーカードを健康保険証として利用できることが挙げられます。
個人の健康や医療に関する情報であるPHR(パーソナル・ヘルス・レコード:個人健康記録)の拡充など、標準化の流れは加速することが予想されます。
厚生労働省も2021年〜2025年の電子カルテ等の標準化に関するスケジュールを公開しており、これからも普及が見込まれます。
医療情報の標準化のメリット
医療情報の標準化の目的は、異なるシステム間でも円滑に情報をやり取りできる仕組みを構築することにあります。
例えば、患者個人に正確に対応できるようになり診療の質が向上することや、正確な情報共有による業務の効率化など、医療全体の改善につながります。
ここでは、病院内外での情報連携や診療・事務処理の効率化といった、具体的な利点を3つに分けてご紹介します。
病院内での連携がスムーズになる
院内の医療情報を標準化することで、病院内での部門間連携を大きく改善します。
例えば、以下のようなデータが共通のフォーマットで統一されることになるでしょう。
- 診察情報
- 検査結果
- 画像データ
- 薬剤情報など
これらが統一されることにより、情報の伝達ミスや確認作業の手間が軽減されます。
診療全体の効率が上がることで、患者の待ち時間短縮や安全性の向上にもつながるでしょう。
スタッフや関係者間での情報共有が容易になるため、チーム医療の質向上も期待されます。
病院外での情報共有もスムーズになる
医療情報が標準化されると、異なる医療機関の間でのデータ共有が容易になり、患者が転院したり他院で診療を受けたりする際にも、正確かつ効率的に情報が引き継がれます。
これにより、重複検査や投薬ミスのリスクが減り、患者の負担軽減や医療資源の有効活用がより実現しやすいものとなるでしょう。
特に、救急搬送時や災害時など緊急性の高い場面では、既往歴やアレルギー情報が迅速に確認できることが大切です。
初めて診察を受ける医療機関でも、かかりつけ医が管理していた情報にアクセスでき、より質の高い医療を受けられます。
また、在宅医療や訪問介護など地域での医療・介護サービスにおいても、体制づくりへの貢献が期待されています。
在宅医療や介護との連携においても、タブレット端末等を通じてリアルタイムに情報共有ができるようになり、よりきめ細かなケアが可能になるでしょう。
診察とレセプト作成の効率化が期待できる
診療記録など医療データが標準化されていると、診療内容が請求データとして反映される仕組みが整うため、レセプト作成も効率化されます。
保険診療の請求漏れや記録ミスや入力ミスの防止につながり、正確で迅速なレセプト作成が可能になるでしょう。
医師や事務職員の手作業も減らしたうえで、返戻や査定のリスクを下げることにもつながるのであれば、医療現場において大きなメリットとなります。
医療情報の標準化の移り変わり
日本における医療情報の標準化は、段階的に進められてきています。
これまで、病院ごとに異なる電子カルテや部門ごとのシステムが存在し、情報の共有は紙ベースやFAXなどアナログな手段に頼っていました。
電子カルテなどシステムの導入が始まり効率化が進んだのは1999年ごろです。
普及が始まっても、システムの提供者(ベンダー)には違いがあることからシステム間の互換性もなく、医療現場での情報の受け渡しには手間と時間が必要でした。
この状況が変化し始めたのは、2000年代に入ってからです。
厚労省や医療情報学会によって標準コードや情報交換規約が整備され始め、2005(平成17)年に厚労省事業として「SS-MIX(Standardized Structured Medical Information eXchange)」が開始しました。
SS-MIXは、電子カルテなどの診療情報を共通形式で記録や利用をする仕組みで、パッケージウェアの開発やドキュメントの整備、ベンダーごとで同一の規格を実装したシステムの開発や普及を目指す事業です。
全国の医療機関を対象に導入が進み、2019年時点では日本国内1,000施設以上で導入が進んだとの報告もあります。
これにより、病院間や診療所との間で、患者情報をスムーズに共有できる基盤が整い始めました。
医療情報の標準化の代表例【電子カルテ】
電子カルテではさまざまな医療情報が集約されるため、医療データの標準化を説明するうえで欠かせないものです。
かつては、ベンダーごとに電子カルテの仕様が異なり、医療機関ごとにシステムの互換性が確保されておらず、転院する際に、情報の引き継ぎに多くの労力がかかるケースも少なくありませんでした。
このような課題に対応する形で、上述のSS-MIXによるデータの標準化に対する取り組みが始まりました。
最近では医療DXが注目されており、クラウド型の電子カルテも普及し始めています。
国際的な利用情報交換の規格であるHL7 FHIRを基盤としたものであり、Web APIを介して他のシステムと柔軟に連携できる仕組みを持っています。
医療情報の標準化の基準「HL7 FHIR」とは
「HL7 FHIR(Fast Healthcare Interoperability Resources)」とは、国際的な医療情報交換の標準規格です。日本語では、エイチエルセブン・ファイアーなどと呼ばれています。
医療データ標準化を推進するアメリカの非営利の任意団体HL7 Internationalが策定したこの規格は、医療情報のやり取りを効率的かつ柔軟に行うために設計されており、アメリカ以外の国でも注目されているものです。
HL7 FHIRを採用するメリットは、普及している既存のWeb技術と親和性が高い点にあります。
データが特定の形式で構成されているため、インターネット通信に広く使われるAPIを通じてシステム間で連携が可能です。
これにより、PHR(パーソナル・ヘルス・レコード)アプリなど、スマートフォンアプリからでも情報のやり取りが容易になります。
また、従来の規格であるHL7 v2.5と比べると、FHIRは拡張性と開発のしやすさに優れており、ベンダーや開発者の参入ハードルが低い点も魅力だと考えられています。
HL7 FHIRの諸外国の導入例
HL7 FHIRはアメリカやイギリスなどを中心に導入が進んでおり、医療情報連携の次世代スタンダードとして注目されています。
アメリカ、イギリス、オランダなど、海外の代表的な導入事例は以下の通りです。
アメリカでは、政府主導でFHIRの普及が進められ、医療情報交換のためのAPI実装を促進するためにインセンティブやペナルティの制度が整備されています。
国が運営する情報システム(CMS)でもFHIRが採用されており、実装のためのガイドラインも充実させています。
イギリスでは、国が運営するNHS Englandにより、FHIRを採用する標準仕様が電子カルテ調達契約に組み込まれており、実質的に義務化が進められました。
オランダでは、官民連携によってPHR向けのFHIRを採用したAPIや、実装ガイドラインの整備や提供が行われています。
インセンティブとして補助金制度などの支援策を行い、医療機関やPHRのベンダー向けに、導入が促されています。
医療情報の標準化における課題
医療情報の標準化が進む一方で、現場では依然として多くの課題が残されています。
- 既存システムに多様性があること
- データの質や一貫性にばらつきが生じる可能性があること
- セキュリティに関する問題
- 同意の取り方などデータの活用に関する課題
1つ目は医療機関ごとで既存のシステムに多様性がある点についてです。日本国内では多数のベンダーが電子カルテや部門システムを提供しており、互換性の改善が進んでいるとはいえ、異なる仕様が多数存在します。なかには、2025年現在でも電子カルテを導入していない医療機関も存在します。標準規格の導入には、システム改修やデータ形式の変換が必要であり、中小医療機関ではコストや人材の面で対応が難しいケースも少なくありません。
2つ目は、データの品質や一貫性を確保していくことも課題ということについてです。例えば、同じ診療内容でも医師ごとに記録方法が異なると、標準化されたコードに正しく変換されない場合があります。また、日付や単位の表記揺れ、コードの入力ミスなど、ヒューマンエラーが介在する余地もあります。これらを是正して信頼性の高いデータとして活用するには、政府全体や医療関係者による取り組みです。
3つ目はセキュリティに関する課題です。標準化によりデータが広く活用されると、不正アクセスや情報漏洩、なりすまし等のリスクも増加するため、アクセス制御や情報の暗号化などセキュリティ対策です。
4つ目は医療情報を取り扱っていくうえで、患者本人から情報の取り扱いに関する同意を得る必要がある点です。医療情報は地域医療や臨床研究にも応用できるものですが、利活用には前提となるルールが必要です。そのためには、同意を得る方法や仕組みづくりなど、ルールの策定が大切です。れれば、DTxの普及が加速するでしょう。
まとめ
医療情報の標準化は、今後の医療の質と効率を高めるうえで欠かせない取り組みです。
これまで紙で管理されていた医療情報が電子で取り扱われ、最近ではクラウドでも管理される時代となりました。
同時に、医療情報システムをHL7 FHIRといった国際標準に準拠させることにより、情報を取り扱ううえでの互換性も実現してきています。
このまま医療データの標準化が実現することで、診療やレセプト業務の効率化、緊急時の迅速な情報共有、医療費の適正化など、多くのメリットが期待されています。
まだ互換性の問題が残っている部分や、データの品質管理、セキュリティや個人情報に関することなど、導入のための課題も存在しますが、より安全かつ効率的な医療の実現に向けた社会全体の取り組みが進められるでしょう。

【監修者】岡本妃香里
2014年に薬学部薬学科を卒業し、薬剤師の資格を取得。大手ドラッグストアに就職し、調剤やOTC販売を経験する。2018年にライター活動を開始。現在は医薬品や化粧品、健康食品、美容医療など健康と美に関する正しい情報を発信中。医療ライターとしてさまざまなジャンルの記事執筆している。
【執筆者】吉村友希
医薬品開発職を経て医療ライターに転身。疾患・DX/AI・医療広告・薬機法など、医療と健康に特化した記事制作を担当。英語論文を活用した執筆やSEO対策も可能。YMAA認証取得。