コラム

Society(ソサエティ)5.0で医療はどう変わる?新しい社会における医療の姿と課題 #111

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 テクノロジーが社会のあり方を根本から変える時代。
今、私たちは「Society 5.0」と呼ばれる超スマート社会の入り口に立っています。
AIやビッグデータ、IoTといった最先端技術が生活のあらゆる場面に浸透し、医療の分野でもその影響が現れ始めています。

ここでは、Society 5.0が目指す「人間中心の社会」の理念とともに、変わりゆく医療の姿、変化の恩恵や現状の課題などについて説明します。

Society 5.0とは?超スマート社会の構想とその背景

 Society 5.0は、2016年に閣議決定された「第5期科学技術基本計画」で提唱された新しい社会の概念です。
AI(人工知能)、IoT(モノのインターネット)、ロボット技術、ビッグデータなど、次の時代の技術をあらゆる産業や社会生活に取り入れた未来社会に関する構想を示します。
経済成長と社会課題の解決を両立させる未来社会のビジョンであり、「超スマート社会」や「データ駆動型社会」とも呼ばれます。

Society 1.0〜5.0までの進化の流れ

 Society 5.0は、これまでの人類社会の進化の延長線上にあります。
これまでの段階は以下のように定義されており、人は生産手段と社会構造を段階的に変化させてきました。

  • Society 1.0…狩猟社会
  • Society 2.0…農耕社会
  • Society 3.0…工業社会
  • Society 4.0…情報社会
  • Society 5.0…超スマート社会、データ駆動型社会(2025年現在進行中)

2025年現在は、コンピュータやインターネットの普及で築かれたSociety 4.0(情報社会)の上に、第4次産業革命の技術を融合させたSociety 5.0への移行が進む段階にあります。

 Society 5.0では、物理的・デジタル・生物学的等の、第4次産業革命を構成する3つのメガトレンドの技術を軸として構成されます。
AIなどの最新技術により、これまで分断されていた情報が統合され、社会課題の解決に資する新たな価値創出が期待される時代といえるでしょう。

 一方で、社会のあり方が“非連続的”といわれるほど劇的に変化することが予想され、人がAIに囲まれて育つことやAIに今までの仕事の多くが奪われることなど、漠然とした不安を感じる点も懸念されています。

Society 5.0が目指す「人間中心の社会」とは?

 Society 5.0が掲げる「人間中心の社会」とは、経済的発展と社会的課題の解決を両立するための考え方です。

 日本医師会の提言では、Society 5.0において、医療における「変えてはならないもの(不易)」と「変えていくべきもの(流行)」の両立を図りながら、「不易流行」の覚悟を持って医師会があるべきと、姿勢が示されています。
より詳しく説明すると、人間中心の社会は、豊かな経済生活に欠かせない社会的共通資本、よりよい世界を目指すための指標であるSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)、全ての人が健康増進や治療を受けられることを意味するUHC(Universal Health Coverage)、これらの延長線上にあると考えられているものです。
 社会的共通資本と人間中心の社会の関係としては、IoTや5G、AIなどを用いることで新たな病態や治療法の発見など医療の発展が期待できる一方、自然環境に悪影響を及ぼすことや、経済的利益を貪ることなどはなく、専門家は高い学問的知見と倫理性は保たなければならないと注意喚起されています。
 医療自体が社会的共通資本であると考えられており、その活用が利益重視にならず、社会全体をより良くするために使用されることが大切です。
 また、SDGsや医療・介護分野と人間中心の社会の関連では、データヘルス改革の推進やUHC推進のための国際協力などが挙げられ、これらの実現に向かうことが、人間中心の社会の実現にもつながると考えられています。

技術の発展による医療の進化などの変化(流行)を受け入れつつ、持続可能な社会や環境をつくること、人としての考え方を維持すること(不易)を続ける、この両立をすることがSociety 5.0で掲げる人間中心の社会です。

Society 5.0によって医療はどう変わるのか

 Society 5.0は、医療分野においても劇的な変革をもたらすものですが、実際にどのような変化が起こるのでしょうか。

ここからは主要な具体例について、4つの観点から説明します。

ビッグデータとAIによる診断・治療の高度化

 Society 5.0における医療では、膨大な診療情報や画像データ、ゲノム情報などの医療ビッグデータをAIが解析することで、診断や治療が飛躍的に高度化します。

たとえば、ディープラーニングを活用した画像診断支援AIは、がんの早期発見や疾患の分類に役立っており、臨床現場への実装も現実的です。
あるコンピュータ科学者が、ディープラーニングのほうが放射線科医よりも優れるといった見解を示したり、専門医よりも高い精度で乳がんを識別するAIを企業が開発したりすることもありました。

 また、AIによる診断支援は医師の負担軽減にも貢献します。
AIによるスクリーニングが実装されれば、簡易な確認で済むものと入念な確認が必要なものとで分類され、医師の働き方改革にも寄与するでしょう。

IoT・ロボティクスによるリモート医療と在宅ケアの革新

 IoTやロボティクスの導入により、在宅でも高度な医療サービスを受けられるようになります。
施設や在宅において24時間常に見守ることは難しく、容体が変化したり、ベッドから転倒したり、目を離した少しの隙に危険に晒されることがあります。

 Society 5.0ではIoTやウェアラブル端末の活用により、遠隔診療、服薬指導、バイタルデータのモニタリングが可能となり、医療従事者の負担軽減や患者の生活の質(QOL)の向上が実現するでしょう。
加えて、介護ロボットや会話ができるAIなど、認知症ケアや孤独感の緩和といった心理的側面のサポートや、翻訳機能により言語の壁がない状態での医療的支援が期待されるものも存在します。

 手術ロボットにより5Gによる高速通信で、医師と患者が離れていてもタイムラグのない手術が可能であり、特許切れのタイミングで廉価な手術ロボットが販売される可能性もあることから、ロボットやAIによる医療の提供は遠い未来の話ではなくなってきています。

医療とライフログがつながる「個別化医療」

 Society 5.0では、データベースや健診・検診のデータなどが医療と連携されることで、個別化医療(パーソナライズド・メディスン)の実現が期待されます。

ウェアラブルデバイス、医療や介護情報の電子化、ゲノム検査の普及などにより、個人のデータが得られやすくなることから、プラットフォームや医療基盤が整い、個人に適切な治療や予防プランが提示されやすくなります。

レセプトデータや特定健診・保健指導のデータを収集してつくられるNDB(National Data Base)に、健康・医療・介護のビッグデータが連結し、民間でも解析ができる環境が整えば、個別化医療の実現はそう遠くないものだといえるでしょう。

Society 4.0では画一的な治療が提供されていたのに対し、Society 5.0では個別化に焦点が当てられていきます。

健康社会の実現に向けた予防・未病ケアの強化

 Society 4.0では病気の治療が目的であったのに対し、Society 5.0の医療では未病ケアや予防にシフトしています。
未病とは、病気ではないものの、健康でもない状態のことです。
AIによるリスク予測、生活習慣の可視化、早期介入が可能となれば、病気を未然に防ぐ未病ケアが実現します。

 特に超高齢化社会においては健康寿命の延伸が重要な課題であり、未病・予防へのシフトは、支えられる側の高齢者が支え手として活躍できる期間が増えることになり、社会保障制度の持続可能性にも影響するものです。

 実際に、経団連は健康社会の実現を目指し、ヘルスケア領域を成長産業として位置づけ、データ活用によって健康管理や受診から治療までを一気通貫で支援できるプラットフォームを整備しています。

Society 5.0医療のメリットと可能性

 Society 5.0の実現により医療は単なる治療の場から、全ての人の生活と健康を支える社会インフラへと変化するでしょう。

ここからはSociety 5.0の実現により医療が変わった先に、具体的にどのようなメリットや可能性が生まれるのかを説明します。

医療の地域格差解消

 Society 5.0の医療では、オンライン診療や遠隔操作手術、デジタルデバイスを活用したリモートケアが一般化することで、都市部と地方の医療格差が小さくなります。
これにより、専門医が不足する過疎地域や離島でも、質の高い医療の提供が可能です。

高齢者の場合は新たにかかる病院で問診票を書くたびに煩わしく感じたり、昔のことで思い出すのが難しく感じたりすることがあります。
医療機関間で患者データが適切に共有されれば、情報の行き違いが少なくなり、地域に住む人が都心などの病院で治療を受ける場合にも、より適切な医療を受けやすくなるでしょう。

 災害発生時においては、マイナンバーカードと紐づいた生体認証で患者の本人確認が取れると、全国医療情報プラットフォームでヘルスケアデータの確認ができ、医療的な対応がスムーズになった例があります。

デジタル上の情報共有がスムーズかつ正確になることで、住んでいる地域差による医療のハードルが小さくなることが予想されます。

国民全体の健康寿命が延びる

 Society 5.0が目指すのは、未病ケアへの転換です。
AIやウェアラブルデバイスを活用した日常的な健康モニタリングにより、生活習慣の改善支援や疾病リスクの早期発見が可能となります。

 健康寿命の延伸のために、これからはセルフメディケーションの充実や国民一人ひとりのヘルスリテラシーの向上なども加速させる取り組みとして、全世代向けの健康教育が増えるでしょう。
厚生労働省の「簡易生命表」などを基に厚生労働科学研究で算出したところによると2022年の平均寿命は男性81.05歳、女性87.09歳に対し、健康寿命は男性72.57歳、女性75.45歳でした。
これからは平均寿命の延伸だけでなく、健康寿命の延伸や、非健康期間の短縮も目指されます。

患者中心の医療とQOL向上

 Society 5.0医療では、患者一人ひとりの状態や価値観に基づいた個別化医療が実現されると、治療の精度が高まり、患者の負担軽減、生活の質向上が期待されます。
身近な例では、オンラインでの診療や服薬指導がより一般的になると、通院の負担が軽減され、仕事や育児との両立がしやすくなるでしょう。
さらに広い観点で見ると、病気の発生や重症化を最小限に抑えることは、全体的な医療費の削減や適正化につながり、経済的にも人々の生活に良い影響が期待されます。

 また、Society 5.0が新しい医療体制の先駆けとなれば、海外への事例共有や社会システムの共有ができ、医療が成長産業となる可能性もあるでしょう。
技術的な観点だけでなく社会的な観点においても、医療やQOLの向上が期待されます。

Society 5.0医療の課題・デメリット

 Society 5.0による医療の高度化は大きな期待を集めていますが、その実現には課題が伴うのも事実です。
技術的な革新が進む一方で、倫理や制度とのバランス、情報の扱い方など、慎重な議論と対応が求められています。

個人情報やプライバシーの保護が難しい

 Society 5.0の医療では、ゲノム情報や日常のライフログ、診療データといったセンシティブな個人情報を一元的に管理することになります。
そのため、医療の質向上や今までにできなかった健康支援が可能になる一方、情報漏洩や不正利用のリスクが常につきまといます。
特に、氏名や被保険者番号、生年月日など、個人を特定できる情報の取扱いには、医療ビッグデータの時代とはいえ、プライバシー保護や匿名化の必要があるものです。

 秘密性を保つための方法としては、秘密分散データベースを用いた秘密計算による管理方法が考えられています。
秘密分散とは、元の1つのデータを単体では無意味な複数のデータに分けて、複数のクラウドやデータセンターに分けて保存することです。
仮にいずれかからデータが漏洩しても、単体では無意味なデータでしかないため、高い機密性が保たれます。
対処法が考えられますが、後述の通り、個人情報保護法との関係もあり、まだ解決策を考え続ける必要がある課題の1つだといえるでしょう。

医療AIの誤診・判断根拠の不透明性

 AIによる診断支援や治療計画の提示は効率的で有用ですが、現状では「なぜその判断に至ったのか」という根拠がブラックボックス化しやすく、誤診や判断ミスの責任所在が不明確になる懸念があります。

 現状では、異なるAIで違う診断や治療方法が提示されることや、まだまだ医師による判断が必要な場面が残ることが予想されます。
命に関わる医療分野で、医師がAIの判断に振り回されないような環境づくりをしていくことが大切であり、AIの信頼性を審査・評価する機関や組織の必要性も問われています。

 ディープラーニングを活用したAIの場合、膨大な量の学習により高い精度で判断を的中させることが可能になりますが、なぜそのAIがその判断を下したのかをAIの設計者にも説明できないことがあります。
臨床現場での活用には信頼性や透明性の確保が不可欠であるため、精度が高くなりつつあるとはいえ、AIから出力されるデータの解釈にはまだ注意が必要だといえるでしょう。

デジタル格差が医療格差につながる

 Society 5.0の医療では、スマートフォンやPCの操作、オンラインサービスの利用が前提となる場面が増えるため、ITリテラシーの有無による「デジタル格差」がそのまま「医療格差」につながる恐れがあります。
5G環境が整っていないことや、うまくAIを扱えないことなどが理由でデジタル技術にアクセスできない場合、先進的な医療や情報から取り残されてしまい、結果として健康格差が拡大する可能性があります。

 コンピュータサイエンスにおいては「Garbage in, Garbage out:ガラクタを入れるとガラクタが出てくる」という言葉があります。
AIを扱う際に正しい情報や質問の方法を選ばなければ、適切な情報は得られないことを意味する格言です。
全ての人が平等に医療を受けられるために、サポート体制や環境、AIに関する教育が必要だといえるでしょう。

制度・倫理・規制との整合性

 新しい技術やサービスが急速に導入される一方で、それを支える法制度や倫理的枠組みの整備に関する課題も存在します。
たとえば、制度面だと個人情報保護の観点から、データの二次利用に関して同意の取得が必要な点や、少子高齢化が進むなかでの給付や負担の問題、社会保障に関する問題などが挙げられるでしょう。

最近では新たに、医療保険や介護保険の被保険者番号、マイナンバーなどの個人識別符号も個人情報の保護対象となりました。
本人の同意を得ない個人情報の取得が禁止され、本人が意図しない第三者への提供も基本的に認められません。

診療情報の共有にあたり、医療機関で患者ごとに同意を取得していますが、手間が大きく、包括的に同意を得る方法も法の整備が必要な状況です。

社会保障に関しては、政治の状況や世論にも左右されることですが、そのあり方が国民全体に問われていくことは変わりありません。

倫理面においては、技術の発展によりオンライン診療などが普及したとしても、社会的共通資本である医療で利潤を求めすぎない姿勢が問われると考えられています。

医療関係者は医療に対する学問的知見だけでなく、高い倫理性も求められる時代だといわれています。その背景には、これらが要因として挙げられるでしょう。

まとめ:「超スマート社会」における医療の理想と現実のバランスをどう取るか

 Society 5.0によって、医療は技術革新を背景に大きな進化を遂げつつあります。
AIによる診断、遠隔医療、個別化された健康支援など、今までにない利便性と効率性を提供する反面、情報の安全性、倫理的判断、医療者と患者の関係性の再構築など、多くの現実的な壁も立ちはだかります。
技術はあくまで手段であり、人間中心というSociety 5.0の考え方が軸となる必要性が感じられます。

そのためには、医療従事者、行政、産業界、市民一人ひとりが、医療のあり方に関心を持ち、一緒につくり上げていく姿勢が求められるでしょう。


【監修者】岡本妃香里

2014年に薬学部薬学科を卒業し、薬剤師の資格を取得。大手ドラッグストアに就職し、調剤やOTC販売を経験する。2018年にライター活動を開始。現在は医薬品や化粧品、健康食品、美容医療など健康と美に関する正しい情報を発信中。医療ライターとしてさまざまなジャンルの記事執筆している。

【執筆者】吉村友希

医薬品開発職を経て医療ライターに転身。疾患・DX/AI・医療広告・薬機法など、医療と健康に特化した記事制作を担当。英語論文を活用した執筆やSEO対策も可能。YMAA認証取得。

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