特定臨床研究データの信頼性と有効性を確保する方法とは?データバイアス対策を解説 #113

2025.09.26
2025.09.26
特定臨床研究におけるデータを作成する際には、信頼性や有効性の確保が重要です。信頼性や有効性が損なわれると、データバイアスを伴うデータが作成されるリスクがあります。
データバイアス(Data Bias)とは、データ収集や処理、分析のプロセスにおいて、特定のグループや属性に対して偏ったデータが含まれる、あるいは偏った形で扱われることで発生する系統的な誤差のことです。
この偏りは、データ分析の結果に不正確さや歪みをもたらし、誤った結論を導く原因となります。
本記事では、特定臨床研究におけるデータ作成時の、信頼性や有効性を確保するための対策を解説します。
目次
特定臨床研究とは
特定臨床研究とは、医薬品、医療機器、再生医療等製品などを人に対して用いることで、病気の診断、予防、治療法の改善など、有効性や安全性を明らかにする研究です。
2018(平成30)年4月1日より施行された臨床研究法の中で定義された特定臨床研究は、以下の2つに分かれます。
- 製薬企業から資金提供を受けた研究
- 国内で未承認あるいは適応外の医薬品などを用いた臨床研究
製薬企業から資金提供を受けた研究では、病院と製薬企業が契約を締結し、使用目的や提供を受ける研究費の金額を明確にした上で実施されます。
臨床研究とは、病気の診断や予防、治療法の確立などを目的とし、人を対象として行う研究です。
医薬品だけでなく、医療機器や再生医療製品などを活用し、研究が行われます。
特定臨床研究と治験の違い
臨床研究は、特定臨床研究と治験の2つに分かれます。
特定臨床研究は、臨床研究法に基づいて厚生労働省や認定臨床研究審査委員会に対し、必要事項の報告や確認が義務付けられているのが特徴です。
治験とは、厚生労働省による製造販売の承認を得ることを目的とし、薬の安全性や有効性を調査するために実施する臨床試験です。医薬品医療機器等法(GCP:Good Clinical Practice)と呼ばれる規則を守ることが義務付けられています。
特定臨床研究と治験の大きな違いは、研究の目的と規制の厳しさです。治験は、医薬品の承認取得を目的とする厳格な規制下の臨床試験であるのに対し、特定臨床研究は、より幅広い研究目的を対象とし、規制の程度は研究の種類によって異なります。
特定臨床研究データの信頼性と有効性を確保する意義
「データの信頼性と有効性を確保する」とは、データが健全なものであり、目的を達成するために一貫性や正確性が確保されている状態です。
臨床研究法が制定されていない時代では、データの信頼性と有効性の確保がなされていない重大な不適正事案が発生していました。
その結果、データバイアスが起こり、薬を使用する患者の不利益を招くおそれがあるような事案も発生しています。
データ品質管理や被験者の保護、研究機関と製薬企業間の透明性を確保するために臨床研究法が制定され、主に以下の内容が規定されています。
- 利益相反に関する規定
- 資料の保存に関する規定
- データ改ざん防止のためのモニタリング・監査の規定
- 倫理審査委員会の機能強化と審査の透明性確保のための規定
特定臨床研究データの信頼性と有効性を確保するための考え方
特定臨床研究データの信頼性と有効性を確保するためには、以下の考え方に沿って研究をする必要があります。
研究計画書を作成する
特定臨床研究の過程で必要な原資料や症例報告書、モニタリングや監査はいずれも研究計画書をもとに作られ、実施されます。
そのため、研究計画書を適切に作成することが極めて重要です。
原資料を準備する
原資料とは、画像データや検査記録、診療録や薬剤投与記録などの生データです。主にモニタリングや監査、その他必要に応じて実施される調査過程で閲覧されます。
研究を目的として通常の診療録を超える範囲の情報を被験者から収集する場合や、特別な理由によって生データ以外の資料を原資料として使用する場合は、信頼性確保のための方法を計画書や手順書で定義しなければなりません。
予定外の形式や手順で得られた情報を原資料とする場合は、記録者の氏名や日付、入手するに至った経緯を記録しておくことが重要です。
また、修正が必要になった場合は、修正者と修正した日付や修正理由を記載しましょう。 これは、データのトレーサビリティを確保し、データバイアスの可能性を最小限に抑えるために重要です。れば、さらに多くのメリットを創出していくことが期待されています。
症例報告書を作成する
症例報告書とは、原資料のデータやそれに対する研究者などの評価を研究対象者ごとに記載した文書を指します。症例報告書を作成するためには、もととなる文書やデータ、記録を含む原資料が必要です。また、研究計画書に基づき、分析対象となる情報を記録しなければなりません。
表形式のデータでも、個々の研究対象者のデータを把握できる形式になっているものは、症例報告書として扱われることがあります。
症例報告書の修正が必要になった場合は、修正者と修正した日付や修正理由を記載しておくことが必要です。これは、データの改ざん防止とトレーサビリティ確保に役立ちます。
モニタリングする
モニタリングとは、研究が適正に実施されるために、進捗状況を確認するための調査です。モニタリングは、データの正確性と完全性を検証する重要なプロセスです。モニタリングは主に以下の2つに分かれます。
- 実施モニタリング(オンサイトモニタリング):実地で直接閲覧するモニタリング
- 中央モニタリング(セントラルモニタリング):必要な資料をチェックもしくは電子システムや質問紙票方式で実施するモニタリング
また、モニタリングの方式は主に以下の4つです。
- 全症例を見る
- 抽出した症例を見る
- 全施設もしくは特定の施設を見る
- 全てのデータ項目を見るもしくは特定の重要な項目のみを確認する
上記は研究の目的と特性、モニタリングの特性やコストを考慮した上で詳細を確定し、モニタリングの手順書に記載しておく必要があります。 適切なモニタリング計画は、データバイアスの発生を予防する上で非常に重要です。
監査をする
監査とは、信頼性を確保するために、研究が指針及び研究計画書に沿って実施されたかを確認するための調査です。モニタリングとは異なり、独立した第三者機関によって行われることが多く、研究データの信頼性を客観的に評価する重要なプロセスです。
原則として、研究データ収集後に実施されます。
解析データセットを準備する
解析データセットとは、研究目的に沿った解析をするための情報の集合です。ほとんどはデータベース内にデータを保存しておくための表に相当しますが、異なる形式のものもあります。
必要に応じて試料や画像データと関連付けられます。解析データセットの作成においては、データバイアスの可能性を考慮し、適切な統計手法を用いることが重要です。
リスクベースド・アプローチをする
リスクベースド・アプローチとは、リスク要因を頻度や重篤度などの観点から分析・特定し、低リスク事象よりも高リスク事象にリソースを集中させる考え方です。
リスクベースド・アプローチによって、モニタリング・監査に関して、オンサイト、オフサイト、全例、サンプリングの各方法をどう組み合わせるか検討する必要があります。
データバイアスを起こさないための特定臨床研究の実施方法
臨床研究法に基づく特定臨床研究の実施の留意点について「臨床研究の基本理念 (臨床研究法第9条)」に沿って解説します。データバイアスを防ぎ、信頼性と有効性を確保するために、以下の内容を遵守しましょう。
1.社会的及び学術的意義を有する臨床研究を実施すること
研究を実施する前に、研究の背景や目的を明確にしておく必要があります。特に、以下の2点を踏まえることが重要です。
- 医療や公衆衛生の改善に資する研究成果が得られる見込みがある
- 先行研究との関係で新規性・独創性を有している
標準治療における治療方法や治療成績に関して、課題や不明点をはっきりさせておくことが求められます。
その上で、当該研究の概要を明らかにし、標準治療に対して優れていると期待する点や新規性における優位点を明確にしておく必要があります。これは、研究の価値と妥当性を確保するために重要です。
明確な研究目的の設定により、選択バイアスの防止につながります。
2.臨床研究の分野の特性に応じた科学的合理性を確保すること
研究目的を達成するためにランダム化の有無やプラセボ対照二重盲検の有無、エンドポイントや対象集団が明確に設定されていることが重要です。
また、医薬品の用量・用法の設定や医療機器の使用方法の設定根拠が適切であるかも確認しておく必要があります。
臨床研究における科学的合理性を確保するためには、DI(データインテグリティ)の原則として、「Attributable(帰属性)」「Legible(判読性)」「Contemporaneous(同時性)」「Original(原本性)」「Accurate(正確性)」の頭文字を取ったALCOAへの適合が重要です。ALCOAとは、以下のとおりです。
- Attributable(帰属性):研究記録者が誰であり、その記録がいつ作成したのか正しく提示されること
- Legible(判読性):研究記録を読んだ際に内容について判断・理解できること
- Contemporaneous(同時性):作業の実行と研究記録の作成が同時に実施されること
- Original(原本性):その研究記録が複製されたものではなく、最初に作成された原本であること
- Accurate(正確性):記載されている研究記録の内容が事実に対して正確であること
上記を担保することで、データバイアスのリスクを低減することが可能です。また、近年では「ALCOA+」に拡張され、完全性(Completeness)や一貫性(Consistency)、耐久性(Durability)、利用性(Availability)も含めることが推奨されています。
3.臨床研究により得られる利益及び臨床研究の対象者への負担その他の不利益を比較考量すること
臨床研究では、対象者が被る可能性のある身体的・社会的・経済的・心理的リスクが研究計画において適切に把握されていることが求められます。
また、上記のリスクを低減するための努力がなされており、リスクベネフィットを考慮しても必要なものであるかを検討する必要があります。
4.臨床研究の対象者への事前の十分な説明をするとともに、自由な意思に基づく同意を得ること
臨床研究の対象者に対して説明をする際は、基本的には口頭同意やオプトアウトは存在せず、文章による説明及び同意を得ることが必須です。
対象者が理解できるような内容で記載され、同意説明文書や研究計画書に齟齬がないかを確認しておきましょう。インフォームド・コンセントの原則を遵守することが重要です。
5.社会的に特別な配慮を必要とする者について、必要かつ適切な措置を講じること(社会的に特別な配慮を必要とする者が含まれる場合に限る)
社会的に特別な配慮が必要な方については、以下の2点を踏まえた適切な措置が必要です。
- 社会的に特別な配慮を必要とする者(同意能力を欠く者など)を研究対象とする理由が明確である(それ以外の対象者では達成できない重要な研究目的がある)
- 臨床研究の対象者の特徴に応じた適切な支援体制が用意されている
特定臨床研究の対象者が、単独で説明を受ける際に同意が困難な場合もしくは特定臨床研究の対象者が16歳未満である場合は、代諾者(配偶者、親権を行う者、後見人、それに準ずる者)の同意を取得する必要があります。
6.臨床研究に利用する個人情報を適正に管理すること
臨床研究に個人情報を利用する際は、適正に管理しなければなりません。主に以下の2点に配慮する必要があります。個人情報保護法を遵守し、適切なデータ管理体制を構築することが重要です。
- 個人情報取得のための手続きが明確かつ適切であり、情報の管理体制が十分である
- 臨床研究の対象者から個人情報開示などの求めに応じる体制が整備されている
個人情報保護法では、氏名や生年月日、住所や顔写真などの特定の個人を識別できる情報を遵守する必要があります。情報漏えいを避けるために、データファイルにパスワードをかけたり、セキュリティ対策ソフトを導入したりといった対策が必要です。
7.臨床研究の質及び透明性を確保すること
臨床研究では、質や透明性を確保する必要があります。主に以下の4点を押さえることが重要です。これらの対策によって、研究データの信頼性を高め、データバイアスを最小限に抑えることができます。
- 利益相反の可能性がなく、情報開示などによって適切に管理されている
- 資料・情報の保管体制及び保管期間は適切である
- 当該臨床研究に合わせたモニタリング体制があり、明確に計画されている
- 当該臨床研究の監査の必要性が明確化されている
8.その他
その他の事項として、以下の内容を踏まえて臨床研究を進めましょう。
- 臨床研究に関連する重篤な疾病など及び不具合の対処方法が具体的に定められ、適切である
- 研究内容に照らして健康被害に対する補償の内容(医療費、医療手当、補償金)が妥当である
特定臨床研究の申請から実施までの主なフロー
特定臨床研究の申請から実施までの主な流れを簡潔に解説します。
- 特定臨床研究に該当しているか確認する
- 実施計画を作成する
- 審査料を支払う
- 審査委員会が適否を審査する
- 実施の承認を得る
- 厚生労働大臣へ実施計画を提出する(jRCTにて申請)
- 研究を実施する
- 研究を終了する
特定臨床研究は患者のQOL向上に寄与する可能性も
特定臨床研究を行う際、データの信頼性と有効性がなければ、データバイアスが起こり、患者が不利益を被るおそれがあります。
データの信頼性と有効性を確保するためには、原資料や症例報告書の作成、モニタリングや監査の過程で研究の背景や目的を明確にし、科学的合理性を確保することが重要です。
また、臨床研究の質及び透明性を確保し、患者に対して十分な説明をして、個人情報を適切に管理することも求められます。
特定臨床研究は、新たな治療法や診断法の開発、医療技術の進歩につながり、将来的に患者のQOL向上に貢献する可能性を秘めています。
特定臨床研究をする際は、患者に起こりうる身体的・社会的・経済的・心理的リスクを踏まえた上で、研究の倫理的側面と社会的な意義を十分に考慮しましょう。

【監修者】医師:井林雄太
国立大学医学部卒業後、救急含む総合病院を中心に初期研修を終了。
内分泌代謝/糖尿病の臨床に加え栄養学/アンチエイジング学が専門。大手医学出版社の医師向け専門書執筆の傍ら、医師ライターとして多数の記事作成・監修を行っている。
ホルモンや血糖関連だけでなく予防医学の一環として、ワクチンの最新情報、東洋医学(漢方)、健康食品、美容領域に関しても企業と連携し情報発信を行い、正しい医療知識の普及・啓蒙に努めている。最新の医療情報にも視野を広げ、デジタルヘルスケア領域や最新の治療アプリなどに関して、執筆・監修も行っている。
ミトコンドリアの研究など基礎研究分野では論文執筆、国内国際学会発表歴あり、厚生労働省委託事業{EBM普及推進事業Minds(マインズ)}の希少疾患ガイドライン作成チームリーダーなど。著書に『内分泌専門医に絶対合格したい人のための問題集』(医事新報社出版)、『内分泌代謝専門医のセルフスタディ230』(診断と治療社出版)など。