コラム

安定性試験とは?医薬品開発における重要性と実務フローを徹底解説 #117

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 医薬品の品質保証において「安定性試験」は欠かせないプロセスの一つです。

優れた有効成分や製剤設計であっても、時間とともにその品質が劣化してしまう場合には、有効期間を設けて、その期間内に使用することで患者の安全性や有効性に深刻な影響を防ぐ必要があります。

本記事では、安定性試験の定義や目的から始まり、試験の種類と保存条件、ICH(International Council for Harmonisation:医薬品規制調和国際会議)ガイドラインの記載、また、実際の運用における実務フローや評価手法に至るまで、体系的に解説します。

安定性試験の概要と目的

 医薬品の品質は、その製造直後のみならず、製造から流通・保管、最終的に患者の手に届くまでの間も一貫して保証される必要があります。

安定性試験は、この品質保証の根幹をなす重要な試験であり、承認申請時の必須資料の一つです。

まずは、安定性試験の定義や基本的な考え方、それが必要とされる背景について解説します。

安定性試験とは何か?定義と基本的な考え方

 安定性試験とは、医薬品の有効成分や製剤が一定の保存条件下において、時間の経過とともにどのように変化するか、あるいは変化しないかを科学的に検証する試験です。

ICH Q1A(R2)ガイドラインでは、安定性試験の目的を「医薬品のリテスト期間または有効期間を設定するために必要なデータを得ること」と説明されています。

なぜ安定性試験が必要なのか?

 安定性試験は製剤や原薬を適切に扱い、有効性と安全性が保証された状態で使用するために必要なものであり、医薬品の承認申請時に、安定性試験の成績の提出が求められます。

安定性試験により、製品がいつまで有効で安全かを規定することが可能です。

例えば、原薬の場合、安定性試験の結果から、保管開始後いつまで製造に使って良いかを判断する指標になるリテスト期間を定めるのに役立ちます。

湿度や光、温度変化、希釈などによる影響を調査することで、流通時の条件や、溶解後および希釈後の有効性や安全性の保証にもつながります。

安定性試験の種類と試験条件

 医薬品の安定性を科学的に評価するには、単一の条件下での試験だけでは不十分です。

気温や湿度といった保存環境の違いによって医薬品ごとの変化が異なるため、複数の試験条件を設定して多角的に品質の変化を評価する必要があります。

ここでは、安定性試験のなかで代表的な、長期保存試験や加速試験、苛酷試験、また中間試験や使用中試験などについて解説します。

長期保存試験

 長期保存試験(long-term stability testing)は、申請する貯蔵方法において原薬や製剤の性質が適正に保たれることを評価するための試験です。

「安定性試験ガイドラインについて」(平成6(1994)年4月21日、薬新薬第30号)によると、評価をするのは主に、原薬や製剤の物理的・化学的・生物学的および微生物学的性質です。

原薬と製剤で記載が分けられていますが、長期試験の温度は25℃±2℃/60%RH±5%RH、承認申請時の最短保存期間は12ヶ月とされています。

安定性の評価は、1年目は3ヶ月ごとに、2年目は半年ごとに、3年目以降は1年ごとに必要になります。

製剤によっては妥当であれば、測定時点を減らすマトリキシング法やブラケッティング法などの減数試験を適用して、手順の一部を省略することも可能です。。

加速試験

 加速試験(accelerated stability testing)はより高温・高湿の過酷な条件下で、短期間における品質変化を観察することで、長期保存下や流通期間中での変化を予測・補完する目的で実施されます。

安定性試験ガイドラインでは、加速試験の標準条件を40℃±2℃/75%RH±5%RHと規定しています。

測定時期は長期保存試験と異なり、具体的には定められていません。加速試験では、原薬や製剤によって、開始時期を含めて適切に評価のタイミングを設定するべきとされています。

苛酷試験・加速試験・中間試験・長期保存試験の違い

 苛酷試験は、医薬品を流通中に想定し得る極端な温湿度条件下にさらし、製剤の分解経路や生成物を明らかにする試験です。

一方、加速試験は温度40℃±2℃/湿度75%RH±5%の条件で最長6ヶ月間実施し、品質劣化の早期予測および流通環境からの逸脱による影響を評価します。

その結果、変化があれば温湿度を中間的に緩和した条件(30℃±2℃/60%RH±5%など)で実施するのが中間試験です。

長期保存試験は、実使用環境を模した25℃±2℃/60%RH±5%(または30℃/65%RH)で12ヶ月以上実施し、製品の有効期間(例:3年)を保証するための最も基本的な試験です。

安定性試験の国際的なガイドラインと規制対応

 医薬品の安定性試験は、各国の規制当局が個別に定めるルールに従うだけではなく、国際的な共通の基準であるICHガイドラインにより実施されます。

原文は英語ですが、日本では厚生労働省や医薬品医療機器総合機構(PMDA=Pharmaceuticals and Medical Devices Agency)の通知を通じた日本語による案内もされており、ICH基準を反映して国内で運用されています。

ここでは、ICHガイドラインや厚労省・PMDAのガイドライン、また、医療機器や再生医療製品・化粧品との違いについて説明します。

ICHガイドライン(特にICH Q1A)とは?

ICHは、医薬品の承認審査に関する技術的要件を国際的に整合させ、開発コストの無駄を省き、安全で有効な医薬品を早く患者に届けるために、日本・アメリカ・ヨーロッパの規制当局や業界団体により組織されたものです。

ICHのガイドライン群のなかでも、Q1は安定性試験に特化した文書群であり、Q1AからQ1Fまでの各文書で詳細が定められています。

例えば以下のように、アルファベットごとに記載が異なります。

  • Q1A(R2):安定性試験ガイドライン
  • Q1B:光安定性試験
  • Q1C:新投与経路医薬品等の安定性試験
  • Q1D:ブラケッティング法/マトリキシング法
  • Q1E:データ評価
  • Q1F:気候区域ⅢとⅣに関するガイドラインの廃止

これらの中核となるのがICH Q1A(R2)であり、これは新医薬品の原薬および製剤に対する安定性試験の基本要件をまとめたガイドラインです。保存条件、ロットの選択、測定時期など広範な内容が明記されています。

厚労省・PMDAによる国内ガイドラインのポイント

グローバルの規制にも耐えられるように、日本ではICHガイドラインを意識した通知文書の発出や取り決めが、厚労省とPMDAから発出されています。

例えば、「安定性試験ガイドラインの改定について」(医薬審発第565号、平成13年)、「安定性データの評価に関するガイドライン」(医薬審発第0603004号、平成15年)などがその代表例です。

これらの通知では、ICHの合意に基づくことや、ICHへの協調や調和を促進することが冒頭で触れられています。

ICHを意識して発出された文書は、承認申請において実務に関係する内容が記載されており、特に海外向け製品の開発を行う製薬企業や関連企業の行動指針になります。

医療機器・再生医療製品・化粧品などの試験の違い

 安定性試験は医薬品だけでなく、医療機器や再生医療等製品、さらには化粧品などでも必要なものです。

医療機器は、特定の貯蔵方法をとらなければ品質を維持するのが難しい場合に、貯蔵方法や有効期間を定める必要があり、その際に安定性試験が必要となります。

生物由来原料は原則として長期保存試験が必要とされていますが、既存製品の場合は新たな安定性試験データは必要でないことや、既存製品の情報を利用できる場合もあることなどが特徴的です。

再生医療等製品では、細胞や組織が構成要素となり品質が不安定なことが多いため、一般的な保存試験の適用が困難です。

製品の特徴によって、採用する試験項目を判断する必要があります。生物薬品の安定性試験については、ICH Q5Cに記載されています。

化粧品の安定性試験は、製造から3年間にわたって安定かどうかを確認するために、温度や湿度などの負荷をかけて、外観や性状などを評価します。

公的な規格はなく、製造から3年で変質しないものは、使用期限の表示も不要とされているため、医薬品・医療機器・再生医療等製品よりも緩やかな基準であると考えられることが多いようです。

実際の安定性試験の実施フロー

 まずは、安定性試験の実施に先立ち、明確な目的と試験設計を記載した試験計画書(プロトコル)を策定することが不可欠です。

具体的には、以下が大切な要素となります。

・ロット数:通常は3ロット以上を用いることが原則

・保存条件:長期保存試験(25℃/60%RH)、加速試験(40℃/75%RH)、必要に応じて中間試験(30℃/65%RH)の条件が設定される

・評価項目:外観、物性、有効成分の含量、生成分解物、pH、など

さらに、包装形態や製剤の特性に応じた微調整や、マトリキシング法やブラケッティング法といった減数試験の設計も採用されることがあります。

試験計画の立て方と設計要素

 まずは、安定性試験の実施に先立ち、明確な目的と試験設計を記載した試験計画書(プロトコル)を策定することが不可欠です。

具体的には、以下が大切な要素となります。

  • ロット数:通常は3ロット以上を用いることが原則
  • 保存条件:長期保存試験(25℃/60%RH)、加速試験(40℃/75%RH)、必要に応じて中間試験(30℃/65%RH)の条件が設定される
  • 評価項目:外観、物性、有効成分の含量、生成分解物、pH、など

さらに、包装形態や製剤の特性に応じた微調整や、マトリキシング法やブラケッティング法といった減数試験の設計も採用されることがあります。

モニタリング・サンプリングのタイミングと頻度

 安定性試験は、事前に定められたタイミングでのサンプリングによって実施されるものです。

それぞれ以下に分けて、また、原薬と製剤で異なる点がある場合はそれらについても説明します。

  • 長期保存試験
  • 加速試験
  • 中間試験

長期保存試験であれば、1年以上のリテスト期間を設定する原薬および1年以上の有効期間を設定する製剤、どちらにおいても通常、1年目は3ヶ月ごと、2年目は6ヶ月ごと、3年目以降は1年に1回ごとに測定をします。

加速試験は、原薬も製剤も、原則0、3、6ヶ月の3回が基準です。試験結果に明確な変化が起こる場合には、検体数を増やしたり、4回目の測定時点を増やしたりする必要があります。

製剤の場合は、妥当であればマトリキシング法やブラケッティング法などの減数試験の採用や、試験を省略することも可能です。

加速試験で明確な変化が生じた場合、中間試験をする必要があります。

長期保存試験と加速試験の中間的な条件で、原薬も製剤も、12ヶ月のうち4回以上の測定することが望ましいとされています。

3つの試験いずれにおいても、温度と湿度の管理・モニタリングが必要です。

一般的に保存施設のドアの開閉などによるごく短期的な変化は避けられないものですが、そうした短期的な変化は問題はありません。ただし、設備の故障などにより24時間未満の逸脱が起こった場合は、検体を評価し、影響があれば報告が必要です。

また、24時間以上の逸脱の場合は、影響を評価し、試験資料に記載が必要となります。

試験結果の評価と判断基準

 評価や分析は物理的・化学的・微生物学的な安定性を実証できるものを選ぶ必要があります。

化学薬品であれば剤型を考慮して、色・におい・原薬含量・分解生成物量・溶出性・pH・粘度・微生物など、物理的化学的な側面から評価します。

生物薬品においても考え方の大枠が同じですが、タンパク質含量・可視粒子・高分子量種など、剤型や処方に合わせて評価項目を考慮する必要があるでしょう。

例えば、生物薬品では使用期間について微生物学的安定性を評価する場合、保存効力試験(PET)・抗菌剤有効性試験(AET)・生菌数試験(バイオバーデン試験)などの試験が挙げられます。

評価や判断基準に関する詳細な記載は、ICH Q6A「新医薬品の規格及び試験方法の設定」とQ6B「生物薬品(バイオテクノロジー応用医薬品/生物起源由来医薬品)の規格及び試験方法の設定」が記載されています。

安定性試験に関するトレンドと将来展望

 近年、安定性試験の領域でもデジタル化の活用が進行中です。

例えば、安定性試験の計画策定や試験結果のシミュレーションなどをする支援プログラムなどの開発をしている企業があります。

ソフトウェアであるため、最新の規制にもスムーズかつ漏れなく対応できることが予想されます。

今まで数年かかっていた試験結果も、デジタル技術により安定性のモデリングをするため、試験期間や承認審査を終えるまでの時間を短くすることで、医薬品をより早く患者のもとに届けることが可能になるでしょう。

また、製造現場とも関連することですが、製剤を設計するAIも開発が進められています。

適切な処方を見つけるためには多くの実験が必要とされてきましたが、AIに薬剤の安定性などの情報を入力することで、効率的に開発を進めることが可能です。 AIは学習した情報の量の多さに依存してシミュレーションの精度が上がると考えられるため、将来的に効率化の速度が上がることも期待されます。

まとめ

 安定性試験は、医薬品の有効性と安全性を製造から使用に至るまで一貫して保証するために、科学的かつ規制的な観点から見て、重要なプロセスの一つです。

長期保存試験や加速試験をはじめとした試験設計は、国際的な基準であるICHガイドラインに則っており、日本国内でも厚労省やPMDAがそれに即した運用を定めています。

本記事では、安定性試験の基本から実務、将来的な展望に関することまで、幅広く説明しました。

制度と科学の双方を理解したうえで、合理的かつ実効的な試験設計・運用を目指していくことが、今後の医薬品開発に求められる姿勢といえるでしょう。


【監修者】岡本妃香里

2014年に薬学部薬学科を卒業し、薬剤師の資格を取得。大手ドラッグストアに就職し、調剤やOTC販売を経験する。2018年にライター活動を開始。現在は医薬品や化粧品、健康食品、美容医療など健康と美に関する正しい情報を発信中。医療ライターとしてさまざまなジャンルの記事執筆をしている。

【執筆者】吉村友希

医薬品開発職を経て医療ライターに転身。疾患・DX/AI・医療広告・薬機法など、医療と健康に特化した記事制作を担当。英語論文を活用した執筆やSEO対策も可能。YMAA認証取得。

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