医薬品の品質リスクマネジメントとは?ガイドライン対応から実践手法・事例まで網羅的に解説 #118
2025.10.29
2025.10.29
医薬品の品質を守るために、今や欠かせない考え方となっているのが「品質リスクマネジメント」です。
これは、製品の開発から製造、出荷に至るまで、リスクに基づいて判断や対応をする仕組みです。
国際的にはICH Q9ガイドラインが基本となっており、日本でも厚生労働省や医薬品医療機器総合機構(PMDA=Pharmaceuticals and Medical Devices Agency)がガイドラインや手順書を示しています。
ここでは、製薬業界の関係者に向けて、ガイドラインの概要から実際の事例、現場での運用までを説明します。
目次
医薬品の品質リスクマネジメントとは?
品質リスクマネジメント(QRM: Quality Risk Management)は、医薬品の品質に関わるリスクを評価・管理する仕組みであり、製品ライフサイクル全体にわたって活用されます。
まずは、品質リスクマネジメントの定義や背景、GMP(Good Manufacturing Practice:医薬品の製造管理及び品質管理の基準)との関係、ICH Q9との関連、そして製薬業界での重要視について説明します。
品質リスクマネジメントの定義と背景(ICH Q9 / GMPとの関係)
品質リスクマネジメントとは、医薬品の品質に対して影響を及ぼす可能性のあるリスクを特定・評価し、適切にコントロールするためのプロセスです。
ICH Q9では、リスクマネジメントの原則として以下の2点が強調されています。
1つ目は、リスクの評価は科学的根拠に基づき、最終的には患者の保護に帰結されるべきであること。
2つ目は、リスクの大きさに応じて、労力や形式、文書化などの程度を決めるべきであることです。
日本のGMP(医薬品及び医薬部外品の製造管理及び品質管理の基準に関する)省令においても、品質管理の項目として、品質リスクマネジメントが取り入れられています。
製薬業界でなぜ重要視されるのか?
製薬業界において品質にリスクがあることは、患者の保護に直結するため、品質リスクマネジメントが重要視されています。
リスクマネジメントの原則としては、製薬業界だけでなく、金融や保険、労働安全、公衆衛生など、幅広い活動において活用されているものです。
製薬業界では、品質リスクが患者の健康に直接影響するため、製品品質のリスクマネジメントは最優先事項であると考えられています。 医薬品は副作用など一定のリスクを伴いますが、開発・製造・流通など、製品ライフサイクル全体を通じて、品質管理を徹底することが重要です。
品質リスクマネジメントに関するガイドライン
品質リスクマネジメントは、国際的なガイドラインであるICH Q9を基盤とし、日本国内でも厚労省やPMDAによって制度として整備・運用されています。
ここでは、ガイドラインにおける基本的な枠組みと、それに対する日本の規制当局の対応、そしてGMP(Good Manufacturing Practice:医薬品や食品などの製造における品質管理基準)における具体的な位置づけについて解説します。
ICH Q9ガイドラインの要点
ICH Q9「品質リスクマネジメントに関するガイドライン」は、医薬品の品質に関するリスクを科学的かつ一貫性を持って管理するための枠組みを示した文書です。
リスクマネジメントの原則やプロセス、方法論などが包括的に示されています。
ICH Q9には付属書ⅠおよびⅡがあります。付属書Ⅰではリスクマネジメントを行う際に有用な欠陥モード影響解析(以下、FMEA:Failure Mode and Effects Analysis)や故障の木解析(以下、FTA:Fault Tree Analysis)などの具体的な手法が紹介されています。付属書Ⅱでは、品質リスクマネジメントの適用が考えられるケースが紹介されています。
厚労省・PMDAの国内対応
日本では、ICH Q9に基づく品質リスクマネジメントの考え方が、厚労省によってガイドラインとして通知されており、PMDAがウェブサイト上でそのガイドラインを公開して運用の支援をしています。
厚労省は2006年に「品質リスクマネジメントに関するガイドライン」として初版を通知し、その後2023年にはICH改訂版を反映した内容に改正しました。
これらは実際、2025年8月時点でPMDAのウェブサイトから入手できる資料です。
同じページでは、企業が取り組みやすいようにブリーフィングパックも公開されています。
ブリーフィングパックはICHの公式のプロセスを経たものでないため、公式の指針やポリシーを示すものではありませんが、事例の共有、アニメーションやスライドを用いた説明により、補足説明としてICH Q9専門家委員会のメンバーが作成したものです。
このように国内では、ガイドラインの原文だけでなく、ブリーフィングパックなども用いて、企業の取り組みを支援しています。
GMPにおける品質リスクマネジメントの位置づけ
GMPにおいても、品質リスクマネジメントは実践すべきものとされています。
実際にGMP上では、以下のように品質リスクマネジメントが定義されています。
“「品質リスクマネジメント」とは、医薬品に係る製品について、品質に好ましくない影響を及ぼす事象及びその発生確率(以下「品質リスク」という)の特定、評価及び管理等を継続的に行うことをいう。”
引用:医薬品及び医薬部外品の製造管理及び品質管理の基準に関する省令
以上に加えて、製造業者等はあらかじめ指定したものに、品質リスクマネジメントの実施の手続きや、その他の必要な事項に係る文書と記録を作成させ、保管をさせる義務があると、GMP上で定められています。
品質リスクマネジメントの実施ステップ
品質リスクマネジメントは、ただリスクを見つけて評価するだけでなく、それをどう管理し、どのように見直すかまでを含む一連のプロセスです。
大枠としては、リスクアセスメントに始まり、リスクコントロール、リスクマネジメントプロセスのアウトプット、リスクレビューという順番で、一連のリスクマネジメントプロセスが展開されます。
ここからは、実務で品質リスクマネジメントを進めるうえで必要となる基本ステップとして、リスクの洗い出しからリスク評価、リスクのコントロールとレビューについて解説します。
リスクの洗い出し(Hazard Identification)
IC最初のステップは、対象業務や製品においてどのようなリスクが存在するかを明らかにする作業です。これはリスクアセスメントの最初の段階にあたります。
ICH Q9ではこれを「ハザード特定(Hazard Identification)」と呼び、以前の「リスク特定」という表現から明確に変わっています。
ハザード特定の目的は、起こる可能性のある結果を特定することだけでなく、「上手くいかないのは何か」という問いを取り扱うことです。
そのために過去のデータ・論理的分析・寄せられた意見・利害関係者の懸念などが活用されます。
リスク評価の方法と手順(リスクアセスメント)
リスクを洗い出したあとは、それぞれのリスクがどれほど重大かを分析・評価します。
ここではまず、ICH Q9で説明されているリスクアセスメントの3つの要素について確認しましょう。
- ハザード特定
- リスク分析
- リスク評価
ハザード特定は、上述の「リスクの洗い出し」の項で説明したものです。
特定ができれば、次はリスク分析をします。
これは、ある問題がどれだけ発生しやすく、どれほどの影響があるものかを予想するためのものです。
次に一定の基準に照らし合わせて、リスク評価をします。
また、リスクアセスメントの段階では、以下の3つの質問が有効であり、リスク評価にも活用されます。
- 上手くいかないのは何か
- 上手くいかない可能性はどれくらいか
- 上手くいかなかった場合、どんな結果(重大性)となるのか
リスクのコントロールとレビュー
リスクコントロールは次の2つから構成されます。
- リスク低減
- リスク受容
リスクアセスメントにより評価されたリスクが、受け入れ可能な範囲を超えていた場合には、そのリスクを受容可能なレベルにまで低減・制御(コントロール)するための対応策を実施します。
また、リスクコントロールでは、以下の4つの観点を意識することが多くなります。
- リスクは受容レベルを超えているか
- リスクを低減、除去するために何が出来るか
- 利益、リスク、資源の間のバランスをどの程度にするのが良いか
- 特定のリスクを制御した結果、新たなリスクが発生しないか
これらの観点から、規制当局や企業間、関係者間でリスクマネジメントに関する情報を共有すること(リスクコミュニケーション)もあります。
最近ではデジタル技術を活用してリスク低減が図られる場合もありますが、技術の管理自体が新たなリスクとなる可能性もあります。
このように、一連のリスクマネジメントが完了したあとでも、新しい知見や経験によってプロセスや結果を見直すべきとされています。
これをリスクレビューといい、品質やリスクに関係する事象によって、適切かつ継続的に見直されるべきです。
品質リスクマネジメントの運用例
品質リスクマネジメントはガイドラインに従って導入されるだけでなく、実際の製造や研究開発の場で具体的に運用されることにより、その効果を発揮します。
以降では、製造現場や研究開発段階における品質リスクマネジメントの活用事例と、FMEAなどの評価ツールの使い方、そして社内に定着させるためのポイントについて紹介します。
製造現場での導入例(逸脱・変更管理)
製造現場では、逸脱や変更の管理の面で導入されることがあります。
例えば、後述する評価ツールのひとつであるFMEAは、潜在的な欠陥を評価する際に有用なものです。
FMEAは施設や設備のリスク評価に適用でき、製造作業やその製品、プロセスへの影響を探るのに役立ちます。
これにより、製造現場において、状況に応じた是正措置と予防措置(CAPA:Corrective Action and Preventive Action)を取ることができるでしょう。
他にも製造現場では、バリデーションや、工程内のサンプリング・検査、生産計画を決めるときなどにおいて、品質リスクマネジメントが役立ちます。マトリキシング法やブラケッティング法といった減数試験の設計も採用されることがあります。
研究開発段階での品質リスクの取り扱い
研究開発の初期段階から品質リスクマネジメントを導入することは、リスクシナリオの理解やバリデーションの一環としてだけでなく、製造・配送・査察・承認申請など後工程のトラブルを予防する手段としても有効です。
開発段階で品質リスクを適切に扱わない場合、製造段階で品質が安定しないことや、問題が生じた際に追加でコストやリソースが必要になること、承認取得までの期間の延長、場合によっては企業の信頼低下やブランドの毀損などにつながることが想定されます。
開発段階から品質リスクマネジメントを取り入れておくことで、申請資料の妥当性や査察対応など、製品ライフサイクル全体に良い影響があると考えられています。
リスク評価ツールの活用例(FMEA / FTA / HACCP)
品質リスクマネジメントを実行する際は、定量的・定性的な手法を用いてリスクを評価することが基本です。
そのための具体的な手法として、以下のような評価方法が実務で広く使用されています。
- FMEA
各工程で起こりうる故障や逸脱の可能性、影響度、検出可能性を点数化し、リスク対応の優先度を定める方法。 - FTA
ある問題を起点として、木の枝を広げるように原因を論理的に展開し、構造的に把握する方法。 - HACCP(Hazard Analysis and Critical Control Point:危害分析重要管理点)
工程ごとの潜在的な生物的・化学的・物理的危害(Hazard)を分析し、それを未然に防ぐための重要管理点(Critical Control Points)を継続的に監視・管理する手法。
上記以外にも、HAZOP(Hazard and Operability Studies:潜在危険及び作動性の調査)、PHA(Preliminary Hazard Analysis:予備危険源分析)、リスクランキングとフィルタリングなど、複数の評価手法が存在します。
品質リスクマネジメントを社内で定着させるには
品質リスクマネジメントは、制度として整備するだけでは不十分です。
実際に運用され、現場で活用される状態に育てることが重要です。
厚労省では以前、品質リスクマネジメントを活用するにあたり障害となっている事例に関する調査が実施されました。
調査結果では、以下が障害だと挙げられています。
- 教育が徹底されておらず目的が理解されていない
- 目的は理解していても対象範囲がわからず手順書を作成できない
- 参考になる基準がなく、適切な評価方法や判断方法がわからない
- 既存の手順書とのリンクが上手くできない
そのため、目的の理解だけでなく対象範囲や被教育者の担当業務にフォーカスした教育を行うことが重要です。また、評価ツールの使用方法を事例付きで説明し、業種ごとの導入事例や既存手順書との共通点・相違点を理解することも有効です。
まとめ
品質リスクマネジメントは、医薬品の品質、最終的には患者の安全を確保するために、製品ライフサイクル全体を通じて活用されるべき考え方です。
ICH Q9ガイドラインを中心に、厚労省やPMDAも国内での活用を強く推進しており、GMPの実務においても欠かせないものです。
画一的な対応が難しい場面もありますが、手法や過去の事例が公開されているため、自社の実務に合わせて取り入れ、浸透させていきましょう。

【監修者】岡本妃香里
2014年に薬学部薬学科を卒業し、薬剤師の資格を取得。大手ドラッグストアに就職し、調剤やOTC販売を経験する。2018年にライター活動を開始。現在は医薬品や化粧品、健康食品、美容医療など健康と美に関する正しい情報を発信中。医療ライターとしてさまざまなジャンルの記事執筆をしている。
【執筆者】吉村友希
医薬品開発職を経て医療ライターに転身。疾患・DX/AI・医療広告・薬機法など、医療と健康に特化した記事制作を担当。英語論文を活用した執筆やSEO対策も可能。YMAA認証取得。





