コラム

アンメット・メディカル・ニーズとは?製薬と研究開発の課題と展望 #119

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 医療の進歩によって多くの疾患は治療可能になりましたが、いまなお「満たされていない医療ニーズ=アンメット・メディカル・ニーズ」が多数存在します。

治療薬が存在しない希少疾患や、既存薬の効果が不十分ながん、あるいは副作用の負担が大きい治療領域は、患者と医療従事者にとって大きな課題です。

ここでは、アンメット・メディカル・ニーズの定義から調査結果、そして最新の研究開発の動向までを整理し、今後の医療の方向性について説明します。

アンメット・メディカル・ニーズとは?厚生労働省の定義と重要性

 医療分野におけるアンメット・メディカル・ニーズとは、現在の医療技術や薬剤では十分に対応できていない疾患や治療ニーズを指します。

たとえば、既存の治療法では効果が不十分な重篤疾患や、治療薬そのものが存在しない希少疾患などが含まれます。

こうした領域での新たな治療法の開発は、患者の生命予後や生活の質(QOL)を大きく改善しうるため、厚生労働省や製薬企業、研究機関が優先的に取り組む課題とされています。

アンメット・メディカル・ニーズの意味と英語表現

 「アンメット・メディカル・ニーズ」は英語ではUnmet Medical Needs(UMN)と表現されます。

直訳すると「満たされていない医療上の必要性」であり、患者や医師が「有効な治療薬がない」「既存治療に満足できない」と感じる領域のことです。

具体的には以下のようなケースが代表的な例です。

  • 治療薬が存在しない(例:希少疾患や難病)
  • 既存の治療効果が不十分(例:膵がんやアルツハイマー病など)
  • 副作用や投薬負担が大きい(例:抗がん剤治療)

この概念は日本だけでなく、国際的にも医薬品開発や規制の重要な指標となっており、他国においても承認制度や研究戦略に組み込まれています。

厚労省による定義と評価基準の概要

 厚労省から発信されている複数の資料を読み取ると、アンメット・メディカル・ニーズは「医療上重要性が高いにもかかわらず、適切な治療法が存在しない、または不十分な疾患領域に対する医療ニーズ」です。

また、後述する医療ニーズ調査を参考にすると、治療満足度と薬剤貢献度が共に低い疾患に、アンメット・メディカル・ニーズが含まれると考えられます。

新薬創出とアンメット・メディカル・ニーズへの取り組み戦略

 アンメット・メディカル・ニーズは、製薬業界にとって重要な開発テーマの一つです。

既存の治療法では十分に効果を発揮できない領域や、治療薬が存在しない希少疾患への対応は、患者の生命予後や生活の質を大きく改善する可能性を秘めています。

ここでは製薬企業がアンメット・メディカル・ニーズを特定する方法や、満たすための開発事例について解説します。

製薬企業が重視するアンメット・メディカル・ニーズの特定方法

 製薬企業がアンメット・メディカル・ニーズを特定するためには、以下の観点が参考になります。

医療現場の声や海外と国内の差、疾患の重篤性や病態の理解が難しいものがヒントになります。

  • 医師アンケート調査
    ヒューマンサイエンス振興財団(以降、HS財団)が実施した60疾患調査では、医師による「治療満足度」と「薬剤貢献度」が指標として用いられ、両方が低い領域がアンメット・メディカル・ニーズと評価されました。
  • ドラッグ・ラグの有無
    海外で標準治療薬が存在しているにもかかわらず日本では未承認の医薬品は国内未承認薬と呼ばれます。海外と国内で承認状況に差があることをドラッグ・ラグと呼び、ドラッグ・ラグが生じている領域はアンメット・メディカル・ニーズに該当する可能性があります。
  • 重篤な疾患や病態の解明が困難なもの
    膵がんや希少疾患、精神・神経疾患など、生命予後やQOLに深刻な影響を与える疾患が優先的に対象となります。

時期によって医薬品の開発や承認状況は変化するため、アンケート調査の結果をもとに、アンメット・メディカル・ニーズが生じている疾患は多少変動します。

アンメット・メディカル・ニーズを満たすための研究開発事例

 実際の研究開発事例としては、以下のような取り組みが報告されています。

  • 希少がんに対する新薬開発
    治療法が確立していなかったEBウイルス関連白血病に対し、世界初のプロドラッグ抗がん剤の開発が進められました。
  • 新規診断技術の開発
    脳腫瘍の再発診断において、従来の画像診断では困難だった課題に対し、炭素11標識メチオニンを用いた画像診断技術の研究が進められました。
  • 希少疾患向け治療薬の導入
    厚労省の未承認薬使用問題検討会議を通じて、ムコ多糖症やポンペ病などの希少疾患治療薬が国内承認に結びついた例があります。
  • がん領域の開発集中
    開発パイプライン数では、肺がん、悪性リンパ腫、乳がん、肝がんなどが上位を占め、依然として高い医療ニーズに応える分野となっています。

これらの事例は、従来の低分子医薬品だけでなく、バイオ医薬品や分子標的薬、ドラッグ・リポジショニングなど、多様なアプローチで進められています。

医療ニーズ調査(60疾患)と治療満足度・薬剤貢献度の分析

 厚労省や医薬産業政策研究所は、HS財団が実施した「60疾患に関する医療ニーズ調査」をもとに、アンメット・メディカル・ニーズを可視化しています。

この調査は、疾患ごとの治療満足度と薬剤貢献度を医師アンケートにより数値化し、両者が低い領域を「未充足ニーズが大きい疾患」として抽出するものです。

ここではその結果やそこから読み取れる課題について説明します。

60疾患におけるアンメット・メディカル・ニーズ調査の結果

 最新の2023年調査では、以下のような傾向が明らかになっています。

  • 全体の開発数の増加
    60疾患に対する国内開発パイプラインは337品目に達し、前回2022年の調査より7品目が増加しました。
  • 第3象限の増加
    治療満足度と薬剤貢献度が共に高い「第1象限」の疾患に対する開発品目は258品目から254品目に減少しました。治療満足度と薬剤貢献度が共に低い「第3象限」に位置する疾患への開発は28品目から37品目に増加しました。
  • 開発の偏り
    「第3象限」に属する疾患の中でも、がん種などでは開発が進む一方、線維筋痛症やサルコペニアなど、開発品目がゼロの疾患もあります。

全体として新薬開発の規模は拡大し、第3象限に対する開発も進んでいる一方、開発されていない疾患も存在します。

治療満足度と薬剤貢献度から見える課題

続いて、「治療満足度」と「薬剤貢献度」を軸に分析すると、以下のような課題が浮かび上がります。

  1. 満足度や貢献度が低い領域へ取り組み(第3象限)
    膵がんやアルツハイマー病、精神疾患などは研究開発が最も必要とされていますが、症例数不足や開発難度の高さから依然として進展が遅れています。
    小児がんや希少がんなど難病の多くは患者の母数が少なく、そのなかから試験に適格な参加者を見つける必要があります。
    また、精神・神経疾患は病態解明や治療法の確立が困難であり、大手企業が撤退する状況でもあります。
  2. 疾患間の不均衡
    一つ目の課題と関連することで、同じ「第3象限」でも、がん領域では一定の進展がある一方、希少疾患や精神・神経疾患では開発パイプラインが乏しいなど、疾患によって開発数の不均衡が生じています。筋繊維痛症やサルコペニアのように、開発数がない疾患も存在します。
  3. 国際的な開発格差(ドラッグ・ラグ)
    欧米では承認されている一方、国内では開発されていないものが存在します。ドラッグ・ラグを解消することで、患者が効果的な治療を受けられる可能性があるため、解決すべき課題だといえるでしょう。

新たに追加された8疾患と医薬品開発の現状

「60疾患に関する医療ニーズ調査」に加え、医療環境の変化を受けて新たに8疾患が調査対象として追加されました。

ここからは、8疾患の概要や医療ニーズ、それぞれの開発状況について説明します。

追加8疾患の概要と医療ニーズ

 まず、新たな診断や治療法、医薬品の開発が望まれる疾患として追加された8つは以下の通りです。

  • ALS/筋萎縮性側索硬化症
  • 非結核性抗酸菌症
  • 特発性肺線維症
  • 全身性強皮症
  • 潰瘍性大腸炎
  • クローン病
  • 慢性便秘症
  • サルコペニア

慢性便秘症は困っている人が多く、近年になって新薬が販売されました。
サルコペニアは加齢とともに生じる筋肉量の低下のことであり、高齢者の増加によって注目を集めています。

なお、この8疾患と入れ替わりで除外された疾患も8つあります。
除外されたのは、「高尿酸血症・痛風」「脂質異常症」「慢性C型肝炎」「慢性B型肝炎」「HIV/エイズ」「副鼻腔炎」「睡眠時無呼吸症候群」「IBD/炎症性腸疾患」です。

高尿酸血症・痛風から副鼻腔炎までの6疾患は治療満足度や薬剤貢献度の高い疾患となったため、また、睡眠時無呼吸症候群は治療の主体が医薬品ではないことから除外されました。

IBD/炎症性腸疾患は潰瘍性大腸炎とクローン病の総称であったことから、IBD/炎症性腸疾患が除外され、潰瘍性大腸炎とクローン病の2つが追加されました。

各疾患の開発状況と承認見込み

 新たに追加された8疾患のうち、サルコペニア以外の7疾患では治療薬が承認されています。

特に、「慢性便秘症」「クローン病」「潰瘍性大腸炎」は2019年度の医療ニーズ調査結果において治療満足度や薬剤貢献度が60%を超えており、開発による治療効果があったと考えられます。

一方で、承認品目が5つありながら、治療満足度が約40%と低いのは「非結核性抗酸菌症」です。

上記以外の「特発性肺線維症」「全身性強皮症」「ALS/筋萎縮性側索硬化症」「サルコペニア」は、承認された治療薬の数が2品目以下であり、治療満足度や薬剤貢献度は50%以下です。

これらのなかでも、「サルコペニア」は開発数がゼロであり、「ALS/筋萎縮性側索硬化症」は2品目だけ承認されているものの治療満足度や薬剤貢献度は60疾患で最も低いことがわかっています(2025年9月時点)。

未充足ニーズが残る医療領域と新治療の登場

 アンメット・メディカル・ニーズへの取り組みは常に継続されているものの、依然として多数の疾患領域で課題が残されています。

ここでは未充足ニーズが残る領域について改めて触れ、新しい治療法の登場についても説明します。

希少疾患における未充足ニーズと革新的治療

 希少疾患は患者数が少なく、従来の臨床試験デザインでは十分な症例を集めにくく、新薬開発が難しい状況です。

希少疾患にはムコ多糖症、ポンペ病、ALS(筋萎縮性側索硬化症)、全身性強皮症、特発性肺線維症、希少がんなどが挙げられます。

今後は、ムコ多糖症やポンペ病などのように欧米では既に承認され標準治療となっていた薬剤が、ドラッグ・ラグの解消により日本でも承認が進むケースがあるでしょう。

また、AIの登場で臨床試験の設計や被験者の探索が効率化されることや、遺伝子治療や再生医療といった新しいアプローチで、希少疾患に対するアンメット・メディカル・ニーズが満たされる可能性があります。

がん領域におけるアンメット・メディカル・ニーズと新薬動向

 がん治療は新薬開発の中心的な領域であり、免疫チェックポイント阻害薬や分子標的薬の登場により治療成績は大きく改善してきました。

それでも膵がんや肝がんなど一部のがん、希少がんでは治療満足度が依然として低く、臨床でのアンメット・メディカル・ニーズは解消されていません。

2025年以降も個別化医療や次世代型免疫療法の活用が期待されており、従来治療で限界があった患者層に新たな選択肢をもたらす可能性があります。

まとめ

 一口にアンメット・メディカル・ニーズといっても、治療薬が存在しない疾患から、既存治療が不十分な領域、あるいは副作用や投薬負担が大きいケースまで幅広く存在します。

これまで、厚労省や製薬企業の調査を通じてその領域が特定され、解決のために資源が投入されてきました。
60疾患の調査や追加の8疾患、これまでの調査の推移を実際に確認することで、具体的な未充足ニーズが読み取れるでしょう。

これからは、領域によっては病態解明の困難さに直面していることや開発費用を十分に確保できないなどの問題もありますが、新薬開発は確実に前進しており、AIの活用も進んでおり、革新的治療法の実現が期待されます。


【監修者】岡本妃香里

2014年に薬学部薬学科を卒業し、薬剤師の資格を取得。大手ドラッグストアに就職し、調剤やOTC販売を経験する。2018年にライター活動を開始。現在は医薬品や化粧品、健康食品、美容医療など健康と美に関する正しい情報を発信中。医療ライターとしてさまざまなジャンルの記事執筆をしている。

【執筆者】吉村友希

医薬品開発職を経て医療ライターに転身。疾患・DX/AI・医療広告・薬機法など、医療と健康に特化した記事制作を担当。英語論文を活用した執筆やSEO対策も可能。YMAA認証取得。

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