はじめに
まずは簡単に自己紹介させていただきます。
私は外資系製薬会社において長年、医薬品の安全性評価に携わってまいりました下寺稔と申します。また、業界活動としては、製造販売後データベース調査(以下、DB調査)に関連する通知やガイドラインの検討をするワーキンググループにも参加してまいりました。
本コラムでは、こうした私の経験をもとに、DB調査に関する通知や事務連絡の読み解き方を、できるだけ分かりやすく解説してまいります。皆さんの「難しい」が「分かった!」に変わるようなお手伝いができれば幸いです。
さて、DB調査ができるようになってから8年目を迎えようとしています。その間に関連する多くの通知や事務連絡が発出されましたが、DB調査をする際に、通知や事務連絡に目を通してみたものの、どのように理解すればよいかわからないことがあります。このコラムではDB調査に関連して発出された通知や事務連絡の中から、製薬会社から問い合わせが多かった内容を取り上げて解説します。
なお、 本コラムは私自身が経験した業務をもとに作成しています。業界や専門家の意見を集約した内容ではないことをご理解いただけますと幸いです。今回は「アウトカムバリデーションの通知」について紹介します。
アウトカムバリデーションの通知
通知の概略
厚生労働省医薬・生活衛生局医薬品審査管理課と厚生労働省医薬・生活衛生局医薬安全対策課は2020(令和2年)7月に事務連絡『「製造販売後データベース調査で用いるアウトカム定義のバリデーション実施に関する基本的考え方」の策定について』*を通知しました。DB調査に限らず、DB研究ではアウトカム定義が重要です。本通知では、どのような場合にバリデーションを実施するのか、アウトカム定義のバリデーションの重要性、アウトカム定義の一般的なバリデーション実施方法、さらには、バリデーション実施計画における具体的留意事項が記載されています。
本コーナーではこの通知について、以下のように解説します。
- アウトカムバリデーションが必要な調査とは?実施が不要の条件は?
- MDVで実施されたアウトカムバリデーション論文の紹介
- バリデーション研究の結果をDB調査で利用する場合の留意点
- 自主研究の場合は、査読論文に通すためにどれくらい対応すればよいのか?
*製造販売後データベース調査で用いるアウトカム定義のバリデーション実施に関する基本的考え方」の策定について (令和2年7月3 1日事務連絡)
アウトカムバリデーションが必要な調査とは?実施が不要の条件は?
すべてのDB調査でバリデーションされた定義が必要なのか?そこについてもアウトカムバリデーションの通知ではどのような場合に必要か説明されています。
本通知の「2.本文書の適用範囲」に以下のように説明されています。「再審査及び再評価申請のための製販調査であって、具体的な安全対策措置等の主たる根拠となることを目的として実施される調査」これを少し言い換えましょう。まだ添付文書や患者向医薬品ガイドラインに記載されていないような安全対策措置が取られていない副作用について、薬剤のリスクを評価するときです。もしこれでリスクと評価された場合に新たに安全対策措置が取られるため、より高いエビデンスでの評価が必要になります。医薬品リスク管理計画(RMP)の重要な潜在的リスクの安全性検討事項がこれに該当します。この場合はバリデーションされたアウトカム定義が必要になります。
一方、すでに十分な安全対策措置が実施されているような、RMPの重要な特定リスクでは実施する必要がない場合があります。なお、不足情報はそもそも該当する患者がいるのかなどのリスクを評価する前の段階になるのでこの場合もバリデーションは必要ないと考えられます。
MDVではDB調査に関連したアウトカムバリデーション研究を実施しましたが、多くの苦労があったと聞きました。研究を委託する医療機関がバリデーション研究の経験がないため受け入れにくかったり、ようやく実施できたとしても症例が集まらなかったりしたようです。そのため研究のデザインはもとより、実現可能性についてもしっかり検討して準備する必要があります。
MDV で実施されたアウトカムバリデーション論文の紹介
MDVでは多くのDB調査が実施・計画されていますが、アウトカムバリデーションが必要になった調査において、バリデーション研究を実施しています。今までに3つの定義が論文化されていますのでこちらを紹介します。
【Validation Study of Algorithms to Identify Malignant Tumors and Serious Infections in a Japanese Administrative Healthcare Database】
一つ目は悪性腫瘍と重症感染症のバリデーション研究です。日本イーライリリー株式会社がオルミエントの悪性腫瘍と重症感染症の定義を検討するためにDB調査をしました。大まかな結果としてはどちらも診断と治療の組み合わせで、高い感度を確保しながらある程度の陽性的中度が得られたことが示されました。
Validation Study of Algorithms to Identify Malignant Tumors and Serious Infections in a Japanese Administrative Healthcare Database
Atsushi Nishikawa1, et al. Annals of Clinical Epidemiology 2022;4(1):20-21
論文要約解説はこちら
【Validation study of case-identifying algorithms for severe hypoglycemia using hospital administrative data in Japan】
二つ目の研究は同じくイーライリリーが実施した重症低血糖のバリデーション研究です。こちらも同じく糖尿病治療薬のDB調査で重症低血糖を評価するために実施したバリデーション研究です。本研究では感度を重視すると陽性的中度が低くなる一方、、アウトカムのアルゴリズムを変えることで感度は落ちるものの陽性的中度が向上したことが示されました。
Validation study of case-identifying algorithms for severe hypoglycemia using hospital administrative data in Japan
Satoshi Osaga, et al. PLoS ONE 18(8): e0289840
論文要約解説はこちら
悪性腫瘍と重症感染症は、多くの抗体薬で医薬品リスク管理計画において安全性検討事項として設定されています。また低血糖は糖尿病治療薬では必ずと言ってもいいほど設定されています。このように多くの薬剤で安全性検討事項となっているアウトカム定義がバリデーションされていると調査のエビデンスを確保しながら時間と経費の大きな節約となります。
この二つの研究で注目していただきたいのは、アウトカム定義を検討する過程が、前回紹介したアウトカム定義のバリデーション実施に関する通知に沿っていることです。この通知は規制当局と業界で議論しながら準備をしていましたが、この二つの研究も並行で実施されていたために、実施可能かつ、バリデーション研究で実施すべきことが網羅されているデザインとなっています。最初にバリデーション研究の論文を見る場合におすすめの研究となります。
バリデーション研究の結果をDB調査で利用する場合の留意点
DB調査をする際に参考になりそうなアウトカムバリデーション研究の結果を利用する方法について説明します。まず、同じ種類のDBを使用しているか確認します。例えば、MDVの持つデータベースはDPCなのでDPCで定義されたアウトカム定義であれば利用できます。臨床検査データを用いるバリデーション研究には使えません。MID-NETを利用した場合、電子カルテとレセプトデータとDPCのどのデータソースを使っているか確認が必要です。もう一つはバリデーション研究の研究対象と調査の解析対象の違いによる影響を確認する必要があります。調査対象の疾患とバリデーション研究の疾患が異なる場合に、アウトカムの定義が一致しない場合があるためです。
次に、安全性検討事項と研究のアウトカムが一致するかを確認します。同じ悪性腫瘍の場合、バリデーション研究で定義された悪性腫瘍の範囲が一致しているか確認します。薬剤によって治療対象の疾患が異なるため、アウトカムの範囲も異なる可能性があるからです。少し異なる場合でも、理由が適切であればアレンジしてアウトカム定義を流用できます。その際は、実施計画書に理由を記載しておきます。
よくある事例は、コードのアップデートに伴う変更です。ICD10コードをはじめとする各種コードは研究実施時点のコードで定義を決めていますが、コードのアップデートにより追加・削除・変更があります。こちらを確認して研究時点の定義に当てはまるコードに修正します。
自主研究の場合、査読論文に通すためにアウトカム定義はどの程度対応すればよいのか?
このコラムで紹介したバリデーション研究はDB調査に利用するための研究ですが、自主研究にも利用できます。どのように利用するかは、論文の投稿先によって方針が変わります。インパクトファクターの高い論文では、3人の査読者が付くことが多いです。その場合には研究対象の専門家、アウトカム領域の専門家、統計や疫学の専門家が含まれます。
例えば糖尿病治療における悪性腫瘍の研究では、糖尿病と悪性腫瘍の専門家が査読するため、それぞれの定義がしっかりレビューされます。このため、診療ガイドラインに基づいた定義か、バリデーション研究を実施するか、同様のアウトカムの研究を参考にする必要があります。本コラムで紹介したバリデーション研究は通知で説明されている方法に従った研究なので、アウトカムが一致していれば、それらのバリデーション研究を利用することができます。
これでアウトカムバリデーションのお話は終わります。DB調査のアウトカムバリデーションについてお聞きしたいことがありましたらMDVへご連絡ください。
論文要約解説
Validation Study of Algorithms to Identify Malignant Tumors and Serious Infections in a Japanese Administrative Healthcare Database
Atsushi Nishikawa , Eiko Yoshinaga, Masaki Nakamura, Masayoshi Suzuki, Keiji Kido, Naoto Tsujimoto, Taeko Ishii, Daisuke Koide
題名 | Validation Study of Algorithms to Identify Malignant Tumors and Serious Infections in a Japanese Administrative Healthcare Database |
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著者 | Atsushi Nishikawa , Eiko Yoshinaga, Masaki Nakamura, Masayoshi Suzuki, Keiji Kido, Naoto Tsujimoto, Taeko Ishii, Daisuke Koide |
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出典 | Annals of Clinical Epidemiology |
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領域 | 悪性腫瘍、重篤な感染症 |
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Annals of Clinical Epidemiology 2022 Jan 7;4(1):20–31. doi: 10.37737/ace.22004
目的
日本の病院請求データにおける悪性腫瘍及び重症感染症の症例を特定するためのアルゴリズムを評価する。
方法
MDVデータベースに参加する2つの病院から、各疾患の可能性がある症例について、ICD-10コードとその他の医療行為/請求コードの組み合わせを用いてランダムに抽出した。各疾患に対し、2名の医師が医療記録のレビューにより可能性のある症例から真の症例を特定し、2名の医師の意見が一致しなかった場合は3人目の医師が最終判断を行った。症例検出アルゴリズムの正確性は、陽性的中度(PPV)と感度で評価された。
結果
悪性腫瘍の症例抽出アルゴリズムでは,感度を大幅に低下させることなく(90.7%)高いPPVを示した(64.1%)。アルゴリズムには悪性腫瘍に関するICD-10コードと画像診断が含まれていた。
重症感染症は2つの症例抽出アルゴリズムにより、感度を損なうことなく(85.6%)高いPPV度を達成した(100%)。
両アルゴリズムとも、関連する診断コードと免疫学的感染検査/その他の関連検査を含み、このうち1つは入院後1カ月以内の病理診断も含んでいた。
結論
本研究の症例検出アルゴリズムは、日本の医療情報データベースから悪性腫瘍と重症感染症の症例を特定する際に高いPPVと感度を示しました。
Validation study of case-identifying algorithms for severe hypoglycemia using hospital administrative data in Japan
Satoshi Osaga, Takeshi Kimura, Yasuyuki Okumura, Rina Chin, Makoto Imori, Machiko Minatoya
題名 | Validation study of case-identifying algorithms for severe hypoglycemia using hospital administrative data in Japan |
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著者 | Satoshi Osaga, Takeshi Kimura, Yasuyuki Okumura, Rina Chin, Makoto Imori, Machiko Minatoya |
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出典 | PLOS ONE |
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領域 | 重症低血糖 |
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PLoS One. 2023 Aug 9;18(8):e0289840. DOI: 10.1371/journal.pone.0289840
目的
日本の病院請求データにおける重度低血糖症の症例を特定するためのアルゴリズムを評価する。
方法
日本国内の3つの急性期病院で実施された多施設共同観察研究である。対象患者は、糖尿病を有する18歳以上の患者で、低血糖の疑いにより外来受診または入院した患者とした。可能性のある重度低血糖の症例は、健康保険請求データとDPCデータを用いて特定した。重度低血糖の定義には、診断コードの組み合わせと高濃度(20%以上)の注射用グルコースの処方を含む61のアルゴリズムが使用された。各病院で2人の医師が独立してカルテレビューをした。
結果
最も性能の高いアルゴリズムには、感度≥0.75の6つのアルゴリズムと、感度≥0.30でPPV≥0.75の6つのアルゴリズムが含まれていた。感度≥0.75の最も性能の高いアルゴリズムは、可能性のある低血糖の診断または高濃度グルコースの処方を含むが、疑わしい診断は除外された(感度:0.986 [95%信頼区間 0.959–1.013];PPV:0.345 [0.280–0.410])。アルゴリズムの定義を「低血糖の可能性のある診断」と「高濃度グルコースの処方」の両方を満たすケースに限定すると、重症低血糖の正しい分類は向上したが、感度は低下した(感度:0.375 [0.263–0.487];PPV:0.771 [0.632–0.911])。
結論
本研究の重症低血糖症の検出アルゴリズムは、日本の医療情報データベースにおいて中等度のPPVと感度を示し、今後の薬剤疫学研究において活用可能である。
下寺 稔
ウェルディーコンサルティング代表 日本薬剤疫学会 認定薬剤疫学家
MSD株式会社にて、安全対策業務、使用成績調査、製造販売後DB調査、及び疫学関連業務を担当した。MSD在籍時は、業界活動として製造販売後DB調査関連の通知やガイドラインを検討するワーキンググループにて活動した。MID-NETを用いた製造販売後DB調査を担当し、MDV及びほかの商用データベースの使用経験がある。2021年にリアルワールドデータコンサルタントとして事業を開始し、安全性監視計画及び、製造販売後DB調査を中心とするリアルワールドデータに関するコンサルティングをしている。