「臨床・薬学研究に貢献する医療ビッグデータ」#8東京科学大学消化管外科学分野 花岡まりえ医師ら臨床・薬学研究に貢献する医療ビッグデータ
2026.01.16
2026.01.16
ロボット支援直腸がん手術の5年全生存率を医療ビッグデータで解析 東京科学大学消化管外科学分野の花岡まりえ医師ら

東京科学大学消化管外科分野の花岡まりえ医師らの研究グループが、メディカル・データ・ビジョン(以下 MDV)の保有する国内最大規模の診療データベースを活用して進行直腸がんステージII,IIIに対する5年全生存率(OS=5-year Overall Survival)を解析したところ、ロボット支援手術(RARR=Robot-Assisted Rectal resection)が腹腔鏡下手術(LRR=Laparoscopic Rectal Resection)および開腹手術(ORR=Open Rectal Resection)に比べ有意に良好であることが示された。
この研究は、東京科学大学消化管外科分野の花岡氏、絹笠祐介氏らのグループが取り組んだもので、その論文は、「Colorectal Disease」に掲載されている。
原著論文はこちら→ https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/codi.70278
これはMDVの保有する診療データを解析した多施設の後ろ向きコホート研究で、2018年4月から2024年6月に直腸切除術を受けた3万7,191人のうち、直腸がんのステージを示すcT分類(※1)で、腫瘍が漿膜下層に浸潤している状態であるcT3と、直腸壁を越えた状態であるcT4a直腸がん患者1万7,793人を解析した報告である。
(※臨床的病期分類(cStage=Clinical Stage)における原発腫瘍の広がりや大きさを示す指標)
ベースラインのバランスを調整するために、傾向スコア(Propensity Score: PS)に基づいた統計的手法の一つであるオーバーラップ重み付け法(Overlap Weighting)を行った結果、対象はRARR群で2,247人、LRR群で1万339人、ORR群で2,014人だった。平均年齢は70歳で、男性は66%だった。
既報では、LRRは直腸がん手術に有効である一方、長期的な腫瘍学的成績はORRと同等で、直腸膜間全切除が不完全になるリスクがあることが報告されている。また、RARRは低侵襲なアプローチとして短期成績に優れるとされる一方、長期成績のデータは限られている。そこで、この研究ではMDVの診療データを用いて、進行直腸がん患者に対するRARR、LRR、ORR、の短期・長期成績を比較した。
短期成績では、RARR群は術後合併症の発生率が最も低かった(RARR群:16.54%、LRR群:19.95%、ORR群:29.68%、P<0.001)。入院期間についてもRARR群で最も短く(RARR群:15.69日、LRR群:18.87日、ORR群:25.38日、P<0.001)、さらに入院から退院までの総医療費も最も低いことが明らかになった(RARR群:184万9,029円、LRR群:193万4,626円、ORR群:201万2,968円、P<0.001)。

また、5年OSはRARR群で最も高く(94%、95%信頼区間91~97%)、次いでLRR群(86%、同85~88%)、ORR群(78%、同75~81%)の順となった。さらに5年無再発生存率(RFS =Relapse-Free Survival)でもRARR群が最も高く(93%、同91~95%、)、その後にLRR群(83%、同81~84%)、ORR群(74%、同71~77%)と続き、OSおよびRFSでRARR群が、LRR群とORR群に比べて良好だった(P<0.001)。これらによりRARR群が、おしなべて短期・長期成績において最良の転帰を示した。
■花岡氏のインタビューは以下の通り。
直腸癌に対するロボット支援手術(RARR)は2018年に本邦で保険適用となった。RARRについて、術後の経過が良く、排尿障害のリスクが低いなど、短期成績についてのメリットは多数報告されているが、長期成績についての報告は乏しい。海外からの報告を含めても、大きなRCT(アールシーティー=Randomized Controlled Trial(ランダム化比較試験)は、中国のREAL Trial(※2)のみであり、今回示したような大規模データベース研究も乏しいのが現状である。
(※2 https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2834890 )
手術支援ロボットは、代表的な「ダ・ヴィンチ・サージカルシステム」に加えて、国産ロボット「hinotori」も2020年8月、HugoTM RAS systemも2023年5月に薬事承認を取得し、それ以外にも複数の機種の導入が進んでいる。東京科学大病院では、このダ・ヴィンチ・サージカルシステムとhinotoriの2種類を用いて直腸がん・結腸癌手術の99%をロボット支援下に実施している。
一方で、RARRで使用される手術支援ロボットは、機種にもよるが、導入費用が約2億円以上、年間の機器メンテナンス費用が数百万~1000万円以上、手術一件当たりの専用器具やトロカール(手術器具を通したりするための筒状の医療器具)などの消耗品費が10万~20万円程度かかる事情があり、ロボットの稼働率が低い医療機関では経営を圧迫する要因の一つとなっている現状がある。
そうした実臨床でロボット支援手術についての大きな変化が起きている中で、この研究は、進行直腸がんに対する大規模なリアルワールドデータを用いたRARRの短期・長期のアウトカムを評価した初めての研究となる。これにより日本の実臨床のアウトカムが確認でき、ロボットアプローチが直腸癌領域における新たな標準治療となる可能性を示唆することになるだろう。
この報告を作成していた2024年時点では、RARRの診療報酬上の評価は、依然として腹腔鏡手術(LRR)や開腹手術(ORR)と同じであった。この報告の対象は局所進行直腸癌であったが、後述するもう1つの報告は臨床病期 I-IIIが対象であり、これらはどちらも直腸癌に対するロボットアプローチの良好な短期・長期予後を示しており、医療経済的な側面からもRARRの再評価につながると期待している。
大規模な医療ビッグデータを採用したことで実現できた
今回、MDVの診療データベースを活用したが、広範囲の医療機関(施設数)をカバーしていたことが魅力であり、大規模医療機関中心になるなどの偏りがなかった。リアルワールドに近いデータである認識を持ちながら解析研究をスタートさせた。データ解析の結果、臨床現場で打ち立てた経験に基づく仮説の通り、RARRは短期・長期とも良好な成績だったことが分かり、報告する価値があると思った。
前述の中国のREAL Trialは直腸癌に対するロボット支援手術の長期的なメリットを示した唯一のRCTではあるが、術者が13名に限定されたエキスパートによる結果であり、RARRが一般化されつつあるリアルワールドのデータを反映するものとは言い難い。それに対して、今回の我々の報告は、RARR群で2,247人、LRR群で1万339人、ORR群で2,014人という豊富な医療ビッグデータで解析することができた。前述のように、手術が施行された医療機関も、大学病院など専門病院のみならず、中小規模の病院も含まれている点で、よりリアルワールドに近い解析ができた点は強みである。
また、今回とは別の研究になるが、我々の研究グループはもう一つ論文をまとめている。それは、進行直腸がんだけでなく、臨床病期I-IIIの直腸がんの5年全生存率をデータ解析したもので、今回同様RARRがLRRやORRに比べて、5年OSとRFSがいずれも良好な結果を示した。
Short‐ and Long‐Term Outcomes of Open, Laparoscopic, and Robot‐Assisted Surgery for Rectal Cancer – Hanaoka – 2025 – Annals of Gastroenterological Surgery – Wiley Online Library
原著論文はこちら→ https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/ags3.70024
このデータ解析研究でもMDVが保有する診療データを活用した。具体的には2018年4月から2024年6月までに国内で臨床病期分類I-IIIの直腸がんに対する直腸切除術を受けた患者のうち、まずは2万8711人を対象にして、さらにオーバーラップ重み付け法で最終的に2万3734人にまで絞り込んで解析した。
データ解析の結果、5年OS についてRARR群は95%、LRR群は89%、ORR群は81%となり、RARR群で有意に良好となり、5年RFSについても、RARR群は93%、LRR群は86%、ORR群は76%となり、RARR群が最も良好だった。このような解析は、大規模なデータを採用したことで実現できたと言えるだろう。
データ解析研究で工夫した点と今後の課題
ビッグデータだったので十分なn数が確保できたが、医療技術の進歩によりORRのサンプル数が少ないため、例えば一般的なPropencity Score Matching(PSM)をすると、ORRに合わせてRARRやLRRのサンプル数も減少してしまう。したがって、工夫点としては通常のPSMではなく、オーバーラップ重み付け法(OW)を採用したところである。これにより、豊富なサンプル数のままデータ解析ができた点は強みである。
もちろん、今後の課題もある。ビッグデータ解析で直腸がん患者に対するRARR群、LRR群、ORR群の5年OSや5年RFSの比較をすることはできたが、まだまだ観察期間が十分とは言えない。さらに、医療経済的視点からも、今回の検討はあくまで入院にかかる費用であり、手術支援ロボットの初期費用やランニングコストなどは含まれていない。データの特性から、同一医療機関からのフォローが外れた患者情報は含まれないなどのバイアスもある。
ロボット支援手術を巡る現状としては、今回示したような短期・長期成績のメリットのみならず、コスト・教育的側面等の課題があることは分かっているが、まずはロボットアプローチの価値を実感している私たちのグループが、そのメリットを科学的に提示できたことは大きなステップだったと思う。それを踏まえた上で、今後も様々な視点から、臨床医が解析しやすいビックデータとして、MDVの診療データベースを用いた継続的な解析の意義を感じている。
以上
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