コラム

ヘルスケアデータの相互運用|異なるシステム間におけるデータ連携の重要性 #112

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 2025(令和7)年度中に本格稼働が予定されている、電子カルテ情報共有サービスでは、異なるヘルスケアデータを連携することで、医療品質や業務効率の向上が期待されています。本記事では、ヘルスケアデータを相互運用するメリットや課題に加え、ヘルスケアデータの相互運用例や、諸外国における取り組みを紹介します。

ヘルスケアデータを相互運用するメリット

 異なるヘルスケアデータの相互運用は、医療機関や医療従事者のほか、患者にもメリットがあります。

医療上のリスク軽減

 治療している傷病名や、受けた検査の記録などのデータを相互運用できれば、誤診のリスクを軽減し、重複検査・治療を減らすことができます。また、患者の薬剤アレルギーに関する情報をどの医療機関でも確認できれば、より安全な治療を選択しやすくなるでしょう。

治療品質の向上

 より多くの臨床データにアクセスできれば、適切な治療を提供しやすくなります。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のような、新たな感染症の流行が確認された場合、年齢や性別による症状の違いやウイルスの性質など、より多くの情報が必要です。臨床データへ自由にアクセスできれば、医療現場の対応を判断でき、適切な治療提供の助けとなります。

業務軽減

 患者の治療に関する、3文書(診療情報提供書、退院時サマリー、健康診断結果報告書)・6情報(アレルギー、感染症、薬剤禁忌、検査、処方、傷病名)の管理をはじめ、医療現場では非常に多くの事務作業が必要です。ヘルスケアデータの相互運用が実現すれば、事務コストの削減が期待できるほか、問診などにおいても効率化が期待できます。業務効率の改善は、職場環境の改善にもつながり、医療の担い手確保にもつながるでしょう。

医療の発展につながる

 共有されるヘルスケアデータとして想定されているのは、入院時の診療に関するDPCデータや、各種検査結果のデータ、傷病名・治療・処方薬剤に関するレセプトデータなどです。こうしたデータを、行政職員や研究者、医薬品産業者が活用すれば、次の感染症危機への対応強化や、医薬品の研究開発など、有効的な二次利用が期待できます。

活用例:MDV保有の診療データベースを活用し患者数や処方量などを手軽に分析できるWebツールMDV analyzer

 国も医療・介護データ等の解析基盤を、行政職員や研究者に共有し解析を進めています。また、二次利用の基盤を整えるため、更なる法整備やその必要性を引き続き検討し、さらなる医療の発展を目指しています。

予防医療への貢献

 患者が、マイナポータル等を通じて6情報を確認できるようになれば、医療従事者を通さず、自身の健康状態を確認できます。自身の状態をよりダイレクトに把握できれば、生活習慣の改善や感染症対策、アレルギー対策に取り組みやすくなり、健康状態の向上はもちろんのこと、結果、医療従事者の負担軽減にもつながるでしょう。

活用例:診療情報や健康診断・人間ドックの結果を閲覧できるオンラインサービスカルテコ

今後、相互運用の幅が広がれば、さらに多くのメリットを創出していくことが期待されています。

参考文献:経済産業省 令和4年度ヘルスケアサービス社会実装事業(民間PHRサービス等に関する調査)

ヘルスケアデータの相互運用における課題

有用性の高いヘルスケアデータの相互運用ですが、課題も指摘されています。

データ共有が困難

電子カルテは普及しているものの、医療機関同士で使用されている電子カルテのシステムやフォーマットが統一されていません。これは、電子カルテのシステムを医療機関に提供しているメーカーにより、接続方法やシステム構成が異なっていることが原因です。

つまり、異なる医療機関でデータの相互運用をする際、各医療機関で使用できる形式へ変換しなければなりません。変換には時間と労力がかかるほか、共有すべきデータに漏れが生じる可能性も考えられます。

個人情報の保護

PHR(健康診断結果や体重、血圧、血糖値等の情報)をはじめとする患者データの保護も、課題のひとつです。個人情報の保護が一段と重要視されるいま、技術的・人為的ミスで患者のデータが外部に漏れることは絶対に避けなければなりません。

また、医療機関ごとに電子カルテの形式が異なる現状や、情報管理者とその権限の規定、セキュリティコストの増加など、技術的な課題もあります。

ヘルスケアデータの相互運用例

 ヘルスケアデータの相互運用は、諸外国でも取り組みが進められています。ここでは、実例をいくつかご紹介しましょう。

諸外国におけるヘルスデータの相互運用例

 米国では、医療情報の交換促進を目的として、HITECH法(経済的および臨床的行動のための医療情報技術)が運用されています。1996年に制定されたHIPAA(医療保険の相互運用性と説明責任法)のプライバシー規則およびセキュリティ規則が強化され、患者のプライバシーを安全に保護し、個人の権利を守る仕組みが作られました。
加えて米国では、CMS(メディケア・メディケイド・サービスセンター)やAHRQ(医療研究品質庁)といった、公的データベースや民間企業のデータベースも複数存在しており、医療データの一次利用・二次利用の仕組みが構築されています。

 欧州では、個人情報の保護という基本的人権の確保を目的とした「GDPR」(General Data Protection Regulation:一般データ保護規則)が2018年5月25日より運用されており、6つの法的根拠を満たしたうえで、「EHDS」(欧州ヘルスデータスペース)が運用されています。
EHDSはEU各国で異なるGDPRの実施や解釈、規格の違い等に対応する枠組みで、健康に特化した欧州の共通データスペースです。各国に「Health Data Access Body」を設置し、二次利用におけるデータ発行の許可や管理をしており、EHDS法によって、運用・インフラ・罰則といった規定も定められています。

 英国では、EUの離脱に伴い、「UK GDPR」という英国版GDPRが適用されてきましたが、新たなデータ保護の枠組みが再検討されています。主に検討されているのは、データ管理者の組織属性が適法であるかどうかです。
また、英国ではNHS(国民保健サービス)が提供する、医学研究・統計分析・公衆衛生・国家政策策定に、患者データを活用することを目的としたデータベースやアーカイブ「SUS」と、データウェアハウスやデータモデリングにおいて使われるデータ構造のひとつ「Star Schema」が、患者データの収集と二次利用に導入されています。

 「SUS」では、適切なアクセスレベルを付与することで、患者データを安全に取り扱うことが可能。「Star Schema」では、固有識別子となるEncounter ID の付与で、「Star Schema」全体でのデータ結合することができ、必要なデータを効率的に抽出して活用しています。

「その他、研究者が安全にデータを扱うためのプラットフォームの提供や、民間データベースから収集された情報を、臨床データと統合し活用する仕組みも進められています。

厚生労働省が進める電子カルテ情報共有サービス

 日本においても、2024年11月現在、ヘルスケアデータの相互運用システムをテスト運用中です。厚生労働省が進めている電子カルテ情報共有サービスは、「診療情報提供書送付サービス」「健診結果報告書閲覧サービス」「6情報閲覧サービス」「患者サマリー閲覧サービス」を基本としています。2025年1月からはモデル事業が開始され、同年4月には、「システムの安全かつ正確な運用を確保」した運用が開始される予定です。

高度なデータ連携に向けた取り組み

 電子カルテ情報は、治験データ収集システムとの高度な連携により、医療機関における転記作業の時間や、製薬企業におけるSDV(Source Date Verification:資料の閲覧や照合・検証)の時間削減などにも役立てられています。

 2024年6月11日には、2023年6月~2024年1月に実施された、「国立研究開発法人国立がん研究センター」と民間企業2社による、電子カルテに記載された臨床データのEDC(Electronic Data Capture:臨床データの電子的収集システム)への連携に関する共同研究の内容が発表されています。
これは、医療機関で作成された電子カルテの臨床データを、プラットフォームによって収集・出力し、EDC連携用ファイルを通して、製薬会社が使用できるデータへ変換・連携などをする取り組みです。

 システムの普及には、さまざまな条件やコストといった課題があるものの、新薬開発に不可欠である、良質な治験データの収集・共有は、日本における治験環境改善にも役立つでしょう。

まとめ

 ヘルスケアデータの相互運用は、誤診や重複検査による患者の負担増加といった医療リスクの軽減に加え、医療現場の業務効率化や治療品質の向上、予防医療の促進など、さまざまなメリットをもたらすシステムです。また、データの収集・蓄積により、日本の医療・製薬の発展を促進させる効果も期待できます。

 一方、ヘルスケアデータの相互利用を可能にするためには、各医療機関における電子カルテのフォーマット統一化や、個人情報保護に関する対策など、課題も少なくありません。
米国ではHIPAAを強化するHITECH法によりセキュリティ面が強化され、欧州では健康に特化した共通データスペースを適切に管理するためのEHDS法が制定されるなど、安全にヘルスケアデータの相互運用をするための制度が確立されつつあります。
日本でも、厚生労働省を含む国の取り組みも進められているため、今後、ヘルスケアデータの相互運用が普遍的なものになっていけば、医療現場の労働環境改善や、人手不足の解消にもつながるでしょう。


【監修者】医師:本多 洋介(ほんだ ようすけ)

総合内科専門医・循環器内科専門医
Myクリニック 本多内科医院(神奈川県横浜市)院長。2009年、群馬大学医学部卒。伊勢崎市民病院、群馬県立心臓血管センター、済生会横浜市東部病院を経て、2024年6月より現職。共著書に『PCI㊙裏技テクニック』(メジカルビュー社)、『超音波ガイドEVT』(メジカルビュー社)など。

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