製薬業界で重要視されているCXとは?必要性や課題、具体的な戦略について解説 #124
2025.12.01
2025.11.28
近年、製薬業界においても「カスタマーエクスペリエンス(CX)」の重要性が急速に高まっています。
選ばれ続ける企業であるためにも、より良い医療を提供するためにも、医薬品の品質や価格だけでなく、医師・患者・社会との”関係の質”をどのように設計し、体験として提供できるかが大切な時代だといえるでしょう。
ここでは、製薬業界でのCX向上に向けた具体的な戦略と、業界全体に求められる課題・展望について解説します。
目次
CX(カスタマーエクスペリエンス)とは
CX(Customer Experience/カスタマーエクスペリエンス)とは、顧客が企業やブランドと接するあらゆる過程で得る「体験価値」のことです。
商品やサービスを知る瞬間から、利用・アフターフォローに至るまでの一連の体験がCXの対象となります。
従来のように「機能が優れている」「価格が安い」といった合理的な価値だけでなく、「信頼できる」「共感できる」「丁寧に対応してもらえた」といった感情的な価値を含むことがCXの特徴です。
企業におけるCXは、医薬品の使用感だけでなく、カスタマーサポートの対応やホームページ上のコミュニケーション、疾患啓発パンフレットなども含めて、“患者がどのような気持ちで企業と接したか”を表します。
医師に対してMRがどのように情報提供したか、Webサイトでのコミュニケーションの質、問い合わせに対して別の担当者がどう受け答えしたかまでもがCXの範囲に含まれます。
特に近年のビジネスでは、製品や価格だけで差別化することが難しくなっているため、顧客の心に残る体験などが企業競争力のカギとなっています。
実際にGartnerの調査によると、調査対象の企業のうち89%が「CXは新しい競争の戦場である」と回答しました。
CXを向上させることのメリット
CX向上は、単に顧客満足度を高めるだけでなく、企業の中長期的な成長を支える重要な施策となります。
以下はCXを向上させることにより得られる主なメリットの3つです。
いずれも収益の増加や業界内での優位なポジションの確立、質の高い医療の提供に結びつきます。
- 顧客離れの防止・リピーター獲得
質の高い体験を提供することで、顧客は安心感や信頼を抱き、継続的な関係を築くことができます。
製薬業界では、医師が自社医薬品を継続的に採用する、患者が服薬を継続するなど、医療の質にも直結します。 - 口コミや評判の向上
医師や患者に向けた情報発信や医療啓発を通じて、企業への信頼や好印象が広がります。 - ブランドロイヤルティ・信頼の強化
顧客と感情的なつながりが生まれてファン化が促進されます。ブランドに対して好印象を持ってもらいやすくなるでしょう。企業においては、医療従事者からの信頼を得ることで、質の高い現場の情報の入手、学会や業界内での良い評価の獲得にもつながります。
UX(ユーザーエクスペリエンス)、CS(カスタマーサティスファクション)との違い
CXに関連する用語として、「UX」や「CS(カスタマーサティスファクション)」がよく挙げられますが、それぞれには明確な違いがあります。

つまり、UXは「サービスのみに対する体験」、CSは「顧客が感じた満足度」、そしてCXは「企業と顧客の関係全体をどう感じるか」という点で分類されます。
製薬業界においても、単に薬の効能を評価するだけでなく、患者が治療の過程全体でどう感じたか、医師や医療従事者が良い支援を受けているとどれだけ感じるかが、CXの評価軸になります。
製薬業界におけるCX(カスタマーエクスペリエンス)の重要性と現状の課題について
まず、製薬業界におけるCXは、患者中心の医療を提供していくために欠かせないものです。
これまでの医薬品は、風邪や糖尿病などの生活習慣病といったプライマリー領域が経営戦略の中心でしたが、今はがんや希少疾患など、治療法が確立していない分野にシフトしています。
このような状況で、患者・医師/医療スタッフに適切に接することができれば、CXを向上させることができ、業界における企業のポジションがより優位になるでしょう。
また、CXを向上させることで、医療現場からの声を得やすくなり、医薬品の開発がさらに良い方向に向かうという正の循環が生まれることも期待されます。
製薬業界以外も含めた一般論でいうと、消費者の趣向が”良い体験”をしたい方向にシフトしていること、デジタル技術の発展により顧客との接し方が多様化していること、個人の発信力が大きくなっていることなども、CXの重要性を注目させる要素です。
今はリモート会議やオンラインセミナー、Web上の資料配布や広告配信など、デジタル技術を使わないことで企業間競争において不利になる可能性が高く、どの企業もデジタルとの付き合い方は無視できないものとなっています。
良いCXを提供できた場合には個人が発信することも多く、その逆に、悪い体験も発信されやすい状況です。
このような昨今でCXを向上させることができれば、サービスが選ばれ続けやすくなり、製薬企業においても同様のことが起こるでしょう。
一方で、現状ではCXに関する課題もいくつか存在します。
- 明確なKPIがなく評価や定量が難しい
- 従業員全員がCXの責任者となるため意識の統一が不可欠
- 顧客との接点や接し方を最適化する必要がある
- デジタルツールやDXの導入
- ツールや担当人材にコストが必要
まず、CX向上を測定する際は、評価すべき項目が業界によって変わりやすい点が課題となります。
CX向上の評価項目として業界共通でいえるものには、収益の成長率、顧客の維持率、後述するNPSの変化、カスタマーサービスにかかるコストなどが挙げられます。
製薬業界では、MRと医師間のやり取りでの正確性や迅速性、連絡手段や情報提供手段の適切さなどが挙げられるでしょう。
認知・情報収集・受診・診断など治療のどの段階を評価するかによっても、項目に違いが生まれます。
また、仮に担当者単位での対応に問題がなくとも、社内の別の人間の対応に問題があれば顧客に良い体験を提供できたとはいえないため、組織全体がCX向上に取り組む姿勢が必要な点も課題の一つです。
そして、現代の製薬企業は医師や患者との接し方も多様化しているため、単に手段を増やすのではなく、それぞれの特徴を理解したうえで最適化する姿勢も大切です。
マーケティング分野ではデジタル化が進んでいることもあり、ツールの導入やデータ分析の人材確保にかかる費用が課題となる場合もあるでしょう。
【CXを測る指標】NPS(ネット・プロモーター・スコア)とは?
NPSはNet Promoter Score(ネット・プロモーター・スコア)の略称であり、CXを定量的に測定する代表的な指標です。
NPSは、「あなたはこの企業(またはサービス)を友人や同僚に勧めたいと思いますか?」という質問に対する回答をもとに算出されます。
回答のスコアにより顧客を以下の3つに分類します。
- 推奨者(Promoters):スコア9~10。積極的に他者へ勧める顧客。
- 中立者(Passives):スコア7~8。満足しているが推奨まではしない顧客。
- 批判者(Detractors):スコア0~6。不満を持ち、離反やネガティブ口コミの可能性がある顧客。
推奨者の割合から批判者の割合を引き算し、その数値が高いほど、CXが優れていると判断されます。
製薬企業の場合、医薬品に対して得た患者から回答をもとにNPSが算出されます。
患者の体験をスコア化することによりCXを測定することが可能です。
デジタルツールやAIによる分析もしやすくなり、より質の高い医療を患者に提供することが可能になります。
製薬業界でのCX向上戦略
では実際に製薬業界においてCXを向上させるには、どのような方法があるのでしょうか。
ここでは患者エンゲージメントの取り入れ、RWD・RWEを活用したコミュニケーション、レギュレーションとコンプライアンスとの調和、マルチチャネルの最適化、ペイシェント・ジャーニーとの連動、これらの観点から説明します。
RWD・RWEを活用したコミュニケーションをとる
次にCXの向上に関与するのが、RWD(Real World Data/リアルワールドデータ)とRWE(Real World Evidence/リアルワールドエビデンス)の活用です。
RWDとは、日常診療や電子カルテ、処方情報などから得られる医療データのことで、それを分析して得られたエビデンスがRWEです。
診療データや治験のデータなどから、患者の現実に即した医療の提供が可能になり、CXの向上も期待されます。
レギュレーションとコンプライアンスとの調和を図る
CX向上の前提に、製薬業界は医薬品情報の提供やプロモーション活動において、法令・ガイドラインを厳格に守る必要がある業界です。
法的・倫理的な基準を守りつつ、顧客との信頼関係を構築・維持の両立が課題になる一方、関連法規を遵守する姿勢自体が、結果的にCX向上につながることもあるでしょう。
マルチチャネルの最適化を図る
チャネルとは顧客との接点(タッチポイント)のことであり、一般的には店舗の商品ディスプレイやPOP、接客、Web上の広告、口コミなどが該当します。
製薬業界におけるチャネルは、MRによる対面営業、オンライン/オフライン説明会、メール、SNS/ポータルサイト、コールセンター対応などです。
現代では、複数のチャネルを横断的に活用する「マルチチャネル戦略」が主流となっています。
ただし、単にチャネルを増やすだけではCXは向上しないため、それぞれのチャネルを上手く連携させ、一貫した顧客体験を提供することが大切です。
例えば、医師がWebセミナーで情報を得たあと、ホームページなどから資料をダウンロードでき、MRとのオンライン面談でも詳細な質問ができるなど、シームレスでストレスが少ない体験設計が良いでしょう。
ペイシェント・ジャーニーと連動した対応をする
ペイシェント・ジャーニーとは、直訳すると「患者の旅」であり、患者が病気を認知してから、診断・治療・フォローに至るまでの一連の過程で、どのように感じ、考え、行動するのかを把握するためのものです。
患者の体験は、「認知」「情報収集」「受診・診断」「治療」「フォロー」の5つのステップに分けられます。それぞれの段階で患者の不安や期待が変化するため、企業はその心理や行動を理解したうえで適切な情報提供やサポートを行う必要があります。
それぞれの段階に応じたチャネル設定や、情報提供、医療の提供をすることで、CXの向上が期待できます。
例えば、以下のような取り組みが考えられます。
- 認知段階…疾患啓発コンテンツを通じて早期受診を促す
- 治療段階…服薬支援アプリやチャットボットで服薬継続をサポート
- 生活段階…オンラインの患者コミュニティで治療体験や副作用情報を共有
ペイシェント・ジャーニーの設計は、内部リンクされた別記事でより詳しく解説しています。
「ペイシェントジャーニーとは?意味や必要性、マップを作るメリットを解説」
製薬業界ではCX向上や改善が求められている
現代においてCXは製薬業界でも大切な指標となります。
製薬企業が医師や患者との関係を深めることでCXの向上や改善ができれば、より質の高い医療の提供につながり、企業・医療機関・患者の三者にメリットがあります。
関連法規を遵守したうえで、DXやマルチチャネルなどの手段を整え、CXの向上やより良い医療の提供という目標を見据えることが大切です。に大きな恩恵をもたらす道筋となります。

【監修者】岡本妃香里
2014年に薬学部薬学科を卒業し、薬剤師の資格を取得。大手ドラッグストアに就職し、調剤やOTC販売を経験する。2018年にライター活動を開始。現在は医薬品や化粧品、健康食品、美容医療など健康と美に関する正しい情報を発信中。医療ライターとしてさまざまなジャンルの記事執筆をしている。
【執筆者】吉村友希
医薬品開発職を経て医療ライターに転身。疾患・DX/AI・医療広告・薬機法など、医療と健康に特化した記事制作を担当。英語論文を活用した執筆やSEO対策も可能。YMAA認証取得。




