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医療データ利活用とは?製薬研究・マーケティングを進化させる方法とメリット#128他EBM関連TOPIXコラム

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 医療現場で生じるデータを適切に利活用できれば、人々の健康維持において多くのメリットがあります。

一方で、医療データ特有の注意点や利活用の手順を理解していないと、誤った結論やリスクを招く可能性もあります。

ここでは、医療・製薬業界で求められているデータ利活用の基本から、利活用のメリット、医療データの種類、実務での注意点、具体的な活用例までを体系的に解説します。

医療分野におけるデータ利活用とは

 医療分野におけるデータ利活用とは、診療データ・電子カルテ・レセプト・画像情報・ゲノムデータなど、多様な医療情報を分析し、診療の質向上・新薬開発・医療費の適正化・公衆衛生の改善につなげる取り組みを指します。

近年は医療DXの進展により、医療機関同士や製薬企業、自治体などが連携してデータを二次利用する動きが世界的に広がっています。

日本でも全国医療情報プラットフォームの構築が検討されており、医療の最適化・公衆衛生の向上・イノベーションの創出への効果が期待されています。

データ分析とデータ利活用の違い

 まず、医療データの利活用を考える際に大切なのが、「データ分析」と「データ利活用」を区別することです。

似た言葉ですが、データ分析はデータを利活用するための準備であり、データ利活用は得られたデータを使ってより価値のある意思決定や行動へとつなげる作業を指します。

【データ分析】
データ分析とは、集めたデータを加工・可視化し、傾向や相関、異常値などを読み取り、必要な情報を抽出するプロセスです。
グラフ化する、統計的に処理する、機械学習でパターンを見つける、といった行為が該当します。

【データ利活用】
一方でデータ活用は、分析で得られた知見を用いて、課題を発見し、改善策や戦略を立て、実行して結果を検証するという、一連のプロセスまでを意味します。

医療・製薬業界でデータ活用が求められる理由

 医療・製薬業界でデータ利活用が強く求められる背景には、医療データの増加や新薬開発の効率化など、主に次の5つの理由が挙げられます。

  1. 医療データの増加・多様化
    電子カルテ、レセプト、検査データ、画像データ、ゲノム情報、介護データなど、医療データの種類は多様化しています。
    これらを統合して扱うことができれば、診断精度の向上や治療の個別化、疾患の早期発見などがより容易になります。
  2. 新薬開発の成功率向上・コスト削減
    新薬開発には長い期間と多額の費用が必要ですが、その成功確率は極めて低いとされています。
    医療データを利活用すれば、治験デザインの精度向上や被験者探索の効率化などが可能となり、開発スピードと成功率を高めることができるでしょう。
  3. 迅速かつ正確な公衆衛生・政策判断
    感染症対策や予防医療の強化には、大規模な医療データを分析し、迅速に判断することが欠かせません。
    海外では医療データの統合により、120万人規模のワクチンの効果検証が初回投与から2ヶ月で行われる例*¹もありました。
  4. 医療現場の業務負担軽減や医療の質向上
    医療現場では情報が分散し、同じ情報を何度も入力したり、他機関と共有できなかったりする課題があります。
    データ利活用が進めば、業務の効率化、医療安全の向上、患者体験の改善につながります。
  5. 医薬品の安全性確保の強化
    副作用の特定には、長期的な追跡や複数の医療機関のデータ連携が欠かせません。
    データが連結されればされるほど、リスクの把握は早期かつ正確になります。

*1:日本製薬工業協会【健康医療データの利活用について】
https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/001166479.pdf

医療データ利活用の主なメリット

 医療データを組織的に利活用することで、診療の質向上から研究開発の革新、医療現場の効率化まで、さまざまな価値が生まれます。

ここでは、研究開発の精度向上、業務効率化・コスト削減、意思決定の高度化の3つの観点から整理します。

研究・新薬開発の精度向上

 データを利活用することで自社や業界の現状把握がしやすくなり、そこに他のデータを組み合わせることで新薬開発や新たなビジネスチャンスへのヒントを得られやすくなります。

これまで多くの労力・時間・費用がかかっていた新薬開発ですが、医療データの利活用で、疾患の原因解明、適切な対象患者の特定、治験デザインの最適化、副作用リスクの早期把握など、各工程において良い影響を受けられるでしょう。

業務効率化・コスト最適化

 医療機関では、患者情報が複数のシステムに分散するため、同じデータが複数の媒体に記録されたり、情報の照合に時間がかかったりするケースが少なくありません。

データを一元管理し、診療データ・検査データ・画像データなどを統合することができれば、重複入力の削減や患者追跡の効率化により、診療現場の業務負担が軽減されます。

データに基づく意思決定の高度化

 製薬企業では医薬品開発の方向性や経営判断、医療現場では診断・治療方針・投薬計画・病床管理・政策判断など、多くの意思決定が求められます。

そして、その判断のいずれも人の健康に直結するため、より高い精度が求められます。

データ利活用が進めば治療効果や医薬品の使用実態が把握しやすくなるため、正確性と迅速性を兼ね備えた意思決定ができるでしょう。

また、スピーディな判断が求められる企業においては、情報共有や意思決定の妥当性などをデータ利活用で加速させることも可能です。

医療データの主な種類

 ここからは、医療データを利活用するにあたり、実際にどのような種類のデータがあるのか、それらにどのような特徴があるのかを整理します。

医療分野で利活用される代表的なデータとして、レセプト・DPC、電子カルテ、医薬品・処方データ、外部データについて説明します。

診療データ(レセプト・DPC)

 診療データの代表的なものとして、ここでは「レセプト(診療報酬明細書)」と「DPC(包括払い制度に基づく診断群分類)」について説明します。

レセプトは、医療機関から健康保険組合に医療費を請求する際に必要なものです。

投与した薬剤や処置などが記載されており、診断名、処置・検査内容、投薬情報、入院・外来の区分などを把握できます。

一方、DPCは急性期入院医療を対象とした評価制度のことであり、データからは入院期間、検査内容、手術の有無や詳細など、医療サービスの量や内容、提供状況を把握することが可能です。

電子カルテ(EHR)データ

 電子カルテ(Electronic Health Record:EHR)は、医師の診察内容や検査結果、処方内容、画像データなど、患者背景を詳細に記録しているデータです。

電子カルテには、問診内容、バイタルデータ、検査値、画像データ、診断プロセス、治療経過といった多くのデータが含まれており、診療の経過を理解するのに役立ちます。

医薬品・処方データ

 医薬品・処方データは、患者がどの薬剤を、どの量・どの期間で使用したかを示す情報です。

上述のレセプトやDPCからも処方のデータは得られますが、処方パターンの把握や使用の実態、医薬品の有効性や安全性など、より詳細な処方実態や使用傾向、有効性・安全性に関する情報が得られます。

外部データ(疫学・人口統計・公開DB)

 医療データの分析では、医療機関内部のデータだけでは不十分なケースが多く、外部データとの組み合わせも大切な要素です。

例えば、疾病罹患率や有病率などが読み取れる疫学データ、年齢構成・出生数・死亡数などが分かる人口統計データなどが代表的です。

公開されているデータとしては、がん登録・難病登録・保健指標などが分かるデータベースや、行政が提供しているデータ、バイオバンクやコホート研究の結果もあるため、これらも医療データとして利活用できます。

医療データ利活用の注意点

 医療データ活用には大きなメリットがありますが、適切な知識や体制が整っていないと、誤った結論やリスクにつながり、患者の健康に大きな不利益をもたらすこともあり得ます。

医療・製薬領域ではデータの特性が複雑であるため、以下のポイントを理解したうえで活用することが大切です。

データリテラシー・分析基礎の理解

 医療データは、患者背景や医療機関の治療方針、検査結果や画像診断の知識など、複数の要素が絡み合ったものです。

そのため、医療データを適切に扱うためには、専門的な知識や基礎の理解が必要です。

例えば、レセプトは請求を目的として作られるため、診療実態と完全一致しないことがあるでしょう。

こうした構造的な特徴や背景を理解せずに分析をすると、分析結果に誤りが生じ、間違った方向性を決めてしまうリスクがあります。

バイアス排除と客観性の担保

 医療においても、データにはさまざまなバイアスが含まれるため、これらを考慮せず分析すると、実際とは異なる結果が導かれてしまいます。

医療データの利活用時は、複数のデータを連結させることで、バイアスの影響を低減することが可能です。

個人情報保護・匿名加工の遵守

 医療データには要配慮個人情報が含まれるため、取り扱い時にはルールがあります。

実際に、医療データの利活用は患者本人の同意が必要となるケースが多く、匿名加工や仮名加工など再識別を防ぐ措置が求められます。

匿名加工することによりデータとして利活用可能になる部分もありますが、本来なら分析可能な情報が加工により制限される一面もあります。

製薬業界ではCX向上や改善が求められている

現代においてCXは製薬業界でも大切な指標となります。

製薬企業が医師や患者との関係を深めることでCXの向上や改善ができれば、より質の高い医療の提供につながり、企業・医療機関・患者の三者にメリットがあります。

関連法規を遵守したうえで、DXやマルチチャネルなどの手段を整え、CXの向上やより良い医療の提供という目標を見据えることが大切です。に大きな恩恵をもたらす道筋となります。

目的設定/体制構築/データ収集/分析/利活用と検証

 それぞれの段階に分けて説明します。

【目的設定】
まず取り組むべきなのは、「何のためにデータを使うのか」を明確にすることです。
治療実態を把握したい、治験の対象患者を効率的に探索したいなど、目的によって必要なデータや分析手法が変わります。
目的が曖昧なまま始めると、分析の方向性がブレたり、必要なデータが揃わなかったりして、成果につながらないケースが多く見られます。

【体制構築】
次に、データ利活用を推進するための体制を整えます。
医療データは専門性が高いため、医師・薬剤師・看護師など医療現場の知識を持つ担当者、統計学・疫学の専門家、データエンジニア/サイエンティスト、法務・個人情報保護の担当者など複数分野の専門家が必要です。
情報標準化やセキュリティ対策を事前に整備する必要があるでしょう。

【データ収集】
目的に沿って必要なデータを収集します。
医療データは施設ごとに記録方法が異なることがあり、そのままでは比較できない場合もあるため、データの形式や用語を揃える「標準化」や、分析に必要な形式へ変換する「前処理」も大切です。
個人情報を扱うため、適切な同意や匿名加工・仮名加工など、法令に基づいた手続きをすることも欠かせません。

【分析】
収集したデータをもとに、目的に応じた分析をします。
医療データには、患者背景の違いや施設差などのバイアスが存在するため、専門的な分析手法を用いて精度を担保する必要があります。
医療・製薬の領域では、治療効果の推定、リスクの検出、未来予測のための分析がされます。

【利活用と検証】
分析結果をもとに、実際の医療現場や業務へ反映していきます。
治験デザインや患者探索の最適化、医薬品安全性の強化、診療プロセスの改善・効率化、病院/企業経営の指標改善への利活用が挙げられます。
活用後には施策が期待通りの効果を生んでいるかを検証し、新たな改善策を見つけ、プロセスを繰り返すことで、正のサイクルを継続的に回すことが可能です。

医療データ利活用の具体例

 実際に医療データの利活用がどのような成果をもたらすのか、気になっている方も多いのではないでしょうか。

ここからは医療データの利活用における具体的な例や事例を交えて説明します。

治療実態調査とペイシャントジャーニー分析

 レセプトや電子カルテのデータを活用することで、患者がどのような経過をたどりながら治療を受けているか(=ペイシェントジャーニー)の分析ができます。 発病から受診、治療、回復までを理解することで、治療ガイドラインの改善や医療アクセスの向上に役立つほか、患者負担の軽減や治療選択の向上にもつながります。

治験の効率化(患者探索・サイト選定)

 医療データを利活用することで、被験者となる患者の探索や組み入れ、サイト(=治験を実施する医療機関)の選定が効率化されることで、治験のスムーズな実施が可能です。
被験者候補の探索は、カルテやレセプトなどの院内資料をデータ化することにより、治験の条件に一致する患者情報を抽出できるでしょう。

サイトの選定も同様の流れで、病院規模や患者数、実績などから、治験実施に適した施設を選ぶことができます。
被験者の組み入れや医療機関の選定とは異なりますが、海外では、臨床試験の代わりにリアルワールドデータで評価することで、希少疾患の新薬承認を得た事例もあります。

市販後調査(安全性モニタリング)

 医療データの利活用は研究開発だけでなく市販後にも応用されます。
副作用の早期検出や、併用薬や合併症によるリスク評価が可能になります。

診療や研究などの大規模なデータベースと、電子カルテなど患者個人の情報を連結することができれば、副作用の背景にある要因を詳細に解析でき、安全性確保の精度がより確かなものになるでしょう。

医療データに関する基本用語

 実際に医療データを扱う場面や、情報収集をする方のために、ここでは基本用語について説明します。

データドリブン医療・ビッグデータ・RWD/RWE

  • データドリブン医療
    データドリブン医療とは、経験や勘に頼るのではなく、データに基づいて診断・治療・経営判断をする医療のあり方のことです。
    近年は、AIによる診断補助や予測モデルの進展に伴い、データドリブン医療が実用段階に入りつつあります。
  • ビッグデータ
    ビッグデータとは、従来の分析方法では扱いきれないほど大規模で複雑なデータ群のことです。
    医療におけるビッグデータには、電子カルテのテキストデータ、ゲノム・オミックスデータ、ウェアラブル機器から取得されるリアルタイムデータなどが含まれます。
  • RWD(リアルワールドデータ)
    RWDは、調剤レセプトデータ・保険者データ・電子カルテデータなど、日常診療の中で発生する医療データです。
    RWDは「実臨床の患者がどのような治療を受け、どのような経過をたどったのか」を把握するのに適しており、治療実態把握や安全性評価に広く利活用されています。
  • RWE(リアルワールドエビデンス)
    RWEとは、RWDを分析して得られる科学的根拠のことです。
    質の高いRWEを得るには豊富なRWDが必要ですが、RWEを得られれば、診断・治療・予防の広い範囲で精度の向上が期待できます。

まとめ

 医療データの利活用は、診療の質向上から研究開発、医薬品の安全性監視、政策判断まで、医療システム全体の改善に大きく貢献します。

今後、医療DXや全国的な医療データ基盤整備が進むことで、医療データ利活用の範囲はさらに広がることが予想されます。

医療・製薬業界においてより大きな価値を創出をするためには、医療データ利活用の体制構築が重要な要素となるでしょう。


【監修者】岡本妃香里

2014年に薬学部薬学科を卒業し、薬剤師の資格を取得。大手ドラッグストアに就職し、調剤やOTC販売を経験する。2018年にライター活動を開始。現在は医薬品や化粧品、健康食品、美容医療など健康と美に関する正しい情報を発信中。医療ライターとしてさまざまなジャンルの記事執筆をしている。

【執筆者】吉村友希

医薬品開発職を経て医療ライターに転身。疾患・DX/AI・医療広告・薬機法など、医療と健康に特化した記事制作を担当。英語論文を活用した執筆やSEO対策も可能。YMAA認証取得。

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