適応拡大に伴う日本における高齢者へのSGLT2阻害薬処方の変遷:RWDを用いた記述疫学研究#129他EBM関連TOPIXコラム
2026.01.13
2026.01.16
リアルワールドデータ(RWD)に基づいた知見をお届けするため、専門医執筆コラムを公開します。
この記事では、
- 75歳以上の高齢者へのSGLT2の処方実態
- 専門医が抱く臨床実感
などについて徹底的に解説していきます。
目次
当該論文の研究デザインと結果の解説
まず、2025年に Kidney Diseases 誌に報告された「Increasing Prescription of SGLT2 Inhibitors with Expanded Indications to the Elderly Population in Japan(適応拡大に伴う日本における高齢者へのSGLT2阻害薬処方の増加)」というタイトルの論文について概説する。
本研究は、2020年以降に心不全および慢性腎臓病(Chronic Kidney Disease: CKD)への適応拡大されたSodium-Glucose Co-transporter 2(SGLT2)阻害薬について、その処方動向がどのように変化したか、特に高齢者への処方にどのような影響を与えたかを日本のナショナルデータベース(National Database: NDB)を用いて検討したものである。
研究対象と方法
本研究は、日本のNDBオープンデータを用いた記述的分析である。NDBは日本の保険診療報酬請求の95%以上をカバーしており、ほぼ全数調査に近い信頼性の高いデータセットである。
期間:2016年4月から2023年3月までの処方データを使用。
対象:外来での院外処方箋による処方(SGLT2阻害薬処方全体の85.5%を占める)を解析対象とした。
解析手法:薬剤ごとの処方錠数、患者の年齢・性別による層別化を実施。特に、SGLT2阻害薬の種類や用量によって承認された適応症(糖尿病単独か、もしくは心不全・CKDを含むか)が異なる点に着目し、用量別の処方トレンドを解析した。
主な結果
- 処方数の劇的な増加
SGLT2阻害薬の総処方錠数は、2020年度の5億7,799万錠から、2022年度には9億459万錠へと約1.5倍に急増した。 - 高齢者への処方割合の増加
75歳以上の高齢者が占める処方割合は、2020年度の20.3%から2022年度には27.8%へと増加した。これは単なる人口の高齢化(同期間における75歳以上人口の増加は微増)だけでは説明がつかない変化である。 - 適応拡大の影響を受けた特定薬剤の顕著な増加
全てのSGLT2阻害薬の中で、最も早期に心不全およびCKDへの適応拡大を取得したダパグリフロジン10mg錠が、処方数の増加率および高齢者への処方割合の双方において最大の変化を示した。2022年度において、ダパグリフロジン10mgの処方に占める75歳以上の割合は、男性で35.9%、女性で49.4%に達している。 - 性差
人口あたりの処方錠数は、女性よりも男性で高かった。これは日本における糖尿病、心不全、CKDの有病率が男性で高いことと合致している。
論文出版時点でのSGLT2阻害薬の位置付けと薬剤選択の背景
本論文を解釈する上で、日本におけるSGLT2阻害薬の「適応症」と「用量」の関係性、およびその承認タイムラインを理解しておくことが不可欠である。
承認タイムラインと用量の意味
論文中のTable 1に示されているように、以下の時系列が本研究の結果に強く影響している。
- ダパグリフロジン(フォシーガ)
5mg錠:2型糖尿病および1型糖尿病のみ。
10mg錠:2020年11月に心不全(Heart Failure with Reduced Ejection Fraction: HFrEF)、2021年8月にCKD、2023年1月に全心不全への適応を取得。 - エンパグリフロジン(ジャディアンス)
10mg錠:2021年11月に心不全(HFrEF)、2022年4月に全心不全への適応を取得。なお、CKD適応は2024年2月であり本研究期間外である。
糖尿病治療薬から心・腎保護薬へのパラダイムシフト
従来のSGLT2阻害薬は、あくまで経口血糖降下薬の一つとして、若年〜中年層の肥満を伴う2型糖尿病患者に処方されることが多かった。しかし、EMPA-REG OUTCOME試験、DAPA-HF試験、DAPA-CKD試験、EMPA-KIDNEY試験などのランドマーク試験により、糖尿病の有無にかかわらず心血管死や腎不全のリスクを低減させることが証明された。
本研究において、糖尿病のみに適応を持つダパグリフロジン5mgやその他のSGLT2阻害薬と比較して、心不全・CKD適応を持つダパグリフロジン10mgやエンパグリフロジン10mgの処方数が著しく増加していること(Fig 2)は、実臨床において本剤が「血糖を下げる薬」から「臓器を保護する薬」へと完全に認識が転換したことを示している。
当該論文のリアルワールドデータが実臨床に示唆するもの
本研究の結果は、ガイドラインと実臨床の現場における「高齢者処方」のギャップを浮き彫りにしている点で極めて興味深い。
高齢者への慎重投与と実態の乖離
日本糖尿病学会の推奨では、サルコペニアや脱水のリスクを考慮し、75歳以上の高齢者にはSGLT2阻害薬を慎重に投与すべきとされている。また、添付文書上も高齢者における脱水への注意喚起がなされている。
しかし、本研究のデータは、75歳以上の後期高齢者に対してSGLT2阻害薬(特に心・腎適応を持つ用量)が積極的に処方されている実態を明らかにした。これは、臨床医が高齢者における副作用リスクよりも、心不全の再入院抑制や透析導入の回避といった臓器保護のベネフィットが上回ると判断している証左であると言える。
女性における高齢者処方比率の高さ
特に注目すべきは、ダパグリフロジン10mgにおいて75歳以上の処方割合が女性で約50%に達している点である。一般に女性は男性に比べて尿路感染症を起こしやすく、また筋肉量が少ないため、SGLT2阻害薬によるフレイルや正常血糖ケトアシドーシスのリスクが懸念される。それでもなお高齢女性への処方が多い事実は、心不全(特にHeart Failure with Preserved Ejection Fraction: HFpEF)が高齢女性に多いという疫学的背景を反映している可能性がある。
さらに、日本透析医学会の調査によれば、末期腎不全で透析導入となる人数は男性が女性のおおよそ2.3倍である(2023年調査:男性25,193人、女性10,922人)2。一方で、透析導入後の予後については女性の方が良好であるという報告もあり3、性差を考慮した治療戦略の重要性が示唆される。
専門医としての見解
ここからは、本論文の結果を踏まえた私見を述べる。
NDBデータが示す「適応病名」の代替指標としての有用性
NDBデータには個別の傷病名・レセプト病名が紐付いていないという限界があるが、本研究では「用量の違い」を適応症の代替指標として用いることで、その限界を見事に克服している。
具体的には、ダパグリフロジン5mg(糖尿病のみ)の処方が横ばいであるのに対し、10mg(心不全・CKD含む)が激増しているグラフ(Fig. 1, 2)は、この処方増が糖尿病患者の増加ではなく、循環器・腎臓内科領域での適応拡大による純粋な上乗せであることを雄弁に物語っている。
これは、私が日々の診療で肌感覚として感じている「非糖尿病患者への処方急増」を、国家レベルのデータで裏付けるエビデンスである。前項の性差を踏まえると、特に心不全予防を目的とした処方が相当数含まれていると捉えられる。
高齢者医療におけるリスク・ベネフィットバランスの変容
かつてSGLT2阻害薬は、利尿作用による脱水や脳梗塞、尿路感染症、サルコペニアへの懸念から「高齢者には使いにくい薬」というレッテルを貼られていた。事実、日本糖尿病学会による『SGLT2阻害薬の適正使用に関するRecommendation』は、新たな副作用報告や知見の蓄積に伴い、これまでに7回も改訂されている。4。
しかし、本研究で示された75歳以上への処方割合(27.8%)は、我々専門医のみならず一般医のマインドセットも大きく変化したことを意味する。
すなわち、高齢心不全患者や進行したCKD患者において、心不全入院の回避や腎機能低下抑制のためにSGLT2阻害薬を併用することの「生命予後・Quality of life改善効果」が、潜在的なリスクを補って余りあるというコンセンサスが形成されつつあると解釈できる。
実際に、Randomized Controlled Trial (RCT)のサブ解析においても高齢者での有効性は若年者と同様であり、安全性シグナルに大きな懸念がないことが報告されている。さらに近年では、90歳以上の超高齢心不全患者においてもSGLT2阻害薬が有効かつ安全であるという報告(AGING-HF study)もなされており5、実臨床がエビデンスに追いついた形と言える。
今後の課題:ポリファーマシーとアドヒアランス
本研究では触れられていないが、高齢者への処方増はポリファーマシーの問題と表裏一体である。HFrEF治療においては、Angiotensin Receptor–Neprilysin Inhibitor (ARNI)/ Angiotensin Converting Enzyme (ACE) 阻害薬またはAngiotensin Receptor Blocker (ARB)、Mineralocorticoid Receptor Antagonist (MRA)、β遮断薬、そしてSGLT2阻害薬という、通称「Fantastic Four」の導入が推奨されており、CKD治療でもRenin–Angiotensin–Aldosterone(RAA)系阻害薬+SGLT2阻害薬に加え、MRAやGLP-1受容体作動薬の使用が推奨されている。
これらはGuideline-Directed Medical Therapy(GDMT)と呼ばれる標準治療であるが、現実の臨床、特に高齢者において全ての薬剤を導入・維持することは容易ではない。GDMTの遵守率は世界的に見ても10〜40%程度と低く6、大きな課題とされている。
ダパグリフロジン10mgの処方が高齢女性で約半数を占める現状を鑑みると、今後は単に「処方数が増えた」ことを喜ぶフェーズから、高齢者においてSGLT2阻害薬を安全に継続するための具体的なマネジメント(シックデイ対策、陰部の衛生指導、体重減少のモニタリングなど)が、循環器・腎臓・糖尿病の専門医共通の喫緊の課題になると考えられる。そして、一般開業医、薬剤師、訪問看護師などとの連携が重要になってくる。
まとめ
本論文は、日本におけるSGLT2阻害薬が糖尿病治療薬という枠組みを超え、超高齢社会における心腎連関治療の基軸薬としての地位を確立したことを示した論文である。RWDを利活用することによって 、処方拡大が客観的な事実として定量化され、適応拡大が処方行動に与えるインパクトの大きさを再認識できた。
引用文献
1. Oda Y, Nishi H, Sekiguchi M, et al. Increasing Prescription of SGLT2 Inhibitors with Expanded Indications to the Elderly Population in Japan. Kidney Dis. 2025 Apr 3;11(1):292-301.
2. 日本透析医学会 統計調査委員会. わが国の慢性透析療法の現況(2023年12月31日現在). 2024.
3. 越智 泰二郎 他. 透析患者の生命予後における性差の検討. 日本透析医学会雑誌. 2020; 53(9): 461-463.
4. 日本糖尿病学会. SGLT2阻害薬の適正使用に関するRecommendation (2022年7月26日改訂版).
5. Saito Y, et al. Efficacy and Safety of SGLT2 Inhibitors in Heart Failure: Observational Evidence in Geriatric Patients AGING-HF. Circulation: Heart Failure. 2025
6. Greene SJ, Butler J, Albert NM, et al. Medical Therapy for Heart Failure With Reduced Ejection Fraction: The CHAMP-HF Registry. J Am Coll Cardiol. 2018; 72(4): 351-366. (参考:GDMT導入率の低さを示した代表的なレジストリ研究)

【執筆・監修医師】長澤 将 (ながさわ たすく)
2003年東北大卒、東北大学腎臓高血圧内科講師。総合内科・腎臓・透析の専門医・指導医であり、著書約20冊を持つ水電解質領域のエキスパート。一方で、労働衛生コンサルタント、医療経営士、危険物・毒物劇物取扱責任者などの資格も有し、臨床・教育・産業保健・安全管理を横断する多面的な活動を展開している。
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