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日本におけるHTA制度:医療技術評価の目的と導入背景を解説#137他EBM関連TOPIXコラム

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 本稿では、医療技術のイノベーションと医療制度の持続可能性を両立させる日本の政策ツールである医療技術評価(Health Technology Assessment:HTA)制度に焦点を当てます。

特に、その中核である費用対効果評価についての制度設計や評価プロセスを整理するとともに、製薬企業やアカデミアで研究職・実務を担う方に求められる視点を中心に解説します。

HTA(医療技術評価)制度の基本的な考え方

 医療技術評価(HTA)は、医薬品や医療機器、医療サービスを対象に、臨床的効果、安全性、経済性、さらには倫理的・社会的影響を多角的に評価する枠組みのことです(※1,2)。日本においては、費用対効果評価(CEA)がHTAの中核を担っており、その評価結果は公的医療保険制度における薬価調整などの制度的な判断に活用されています。

医療技術に対する費用対効果評価の目的と意義を整理

 HTAの中核である費用対効果評価(CEA)の主目的は、限られた医療資源の効率的かつ公正な配分を可能にし、国民皆保険制度の持続可能性を確保することにあります(※1,2)。

具体的な目的を整理すると以下の二点となります。

  1. 医療資源の最適配分と制度の持続可能性の確保:高齢化社会である日本で医療費が増大する中、HTAは真に社会的な便益をもたらす技術への投資を集中させ、財源の長期的な維持に貢献します(※1,2)。
  2. イノベーションの適切な評価と薬価への反映:費用対効果に優れた革新技術の価値を適正に評価し薬価に反映することで、研究開発へのインセンティブを確保します。同時に、費用対効果が不十分な技術には価格調整をすることで、医療費の適正化を図ります(※3,4)。

HTAは単なるコスト抑制策ではなく、社会全体の健康上の便益(アウトカム)の最大化を目指す政策枠組みです。

厚生労働省による導入の背景と制度化の経緯

HTA制度導入の背景には、日本の医療財政の構造的な課題があります。本章では厚生労働省による導入の経緯を詳しく紹介します。

少子高齢化や医療費増加の社会的背景と、制度導入の年表的流れを説明

HTA制度導入の背景には、急速な高齢化による医療需要の増加と、革新的な医薬品・医療機器の高額化による医療費全体の構造的増加があります。(※1)この状況に対し、厚労省は、薬価決定において費用対効果を考慮に入れる必要性を認識しました。

新規技術に対する費用対効果を検討することの必要性は1990年代で指摘がされてきました。1992年には、保険収載時に費用対効果の分析に関する資料が製薬企業から提出が可能になり、多くの資料が提出されましたが、意思決定に使用されることはなく、次第に提出も減少しました。   

その後、2012年に中医協の議論で費用対効果の検討の重要性について指摘があり、今に至ります。

本格導入は、日本の医療技術に対する公的な価値判断を、経済性の視点も含めた多軸的な評価へと転換させるものであり、製薬企業の研究開発戦略に直接的な影響を与えています。

日本のHTA評価プロセスと価格調整の仕組み

 日本のHTAは、企業が提出する資料を起点として、第三者による中立的な再分析や総合的評価(アプレイザル)を経たうえで薬価調整が行われます。

このプロセスは、医療技術の価値を単に数値(ICER)で機械的に判断するものではなく、科学的根拠と社会的・倫理的な観点を踏まえて価格を調整する点に特徴があります。

ここでは以下の3つに分けて説明します。

  1. 評価対象の選定と企業の提出資料
  2. 第三者による再分析とアプレイザルの流れ
  3. 評価結果が薬価に与える影響と調整方法

1:評価対象の選定と企業の提出資料

HTAの評価対象は、医療保険財政への影響が大きいと見込まれる医薬品・医療機器を中心に、薬価算定上の取り扱いを検証する観点から選定されます( ※4,5)。

評価対象の選定は厚生労働省や中医協が行い、経済性評価のための資料は企業が提出します。

企業の提出資料(経済性評価)

企業は、厚労省が定める分析ガイドライン(※6)に基づき、経済性評価資料を作成します。この資料は、評価対象技術が比較対象技術と比較して、どの程度の追加費用で、どの程度の健康便益(QALY)を生み出すかをシミュレーションするものです。

第三者による再分析とアプレイザルの流れ

提出資料は、まず専門的な評価組織によって、ガイドラインへの準拠性やデータの妥当性について検証される再分析にかけられます。再分析は、企業が提出したモデルやパラメータ設定に内在するバイアスを排除し、中立的なICERを算出することを目的とします(※4,7)。

次に、再分析結果に基づき、中医協の専門組織によるアプレイザル(Appraisal:総合的評価)をします。アプレイザルは、ICERという定量指標だけでは捉えきれない、費用対効果以外の多様な要素を考慮に入れる日本のHTAにおける重要なプロセスです(※7,8)。

アプレイザルで考慮される費用対効果以外の主な要素(※8)

  • 公平性:希少疾病など、特定の患者集団へのアクセス確保の必要性。
  • 革新性・付加価値:既存治療からの飛躍的な進歩や、治療体系を根本的に変える可能性。
  • 社会的影響:患者や介護者の労働生産性向上や、社会復帰といった間接的な便益。
  • 重篤性・アンメットメディカルニーズ:疾患の重篤度や、有効な代替治療法が存在しない度合い。

アプレイザルは、経済性評価の結果に、社会的価値観や倫理的な配慮を融合させ、最終的な薬価調整の判断を導き出す柔軟な枠組みを提供します。

評価結果が薬価に与える影響と調整方法

再分析の結果、ICERが閾値を超過した場合、薬価調整が検討されます。

価格調整のメカニズム(再算定)

評価が「費用対効果が悪い」と判断された場合、薬価は所定のルールに基づき引き下げられます。引き下げ幅は、ICERが事実上の閾値からどの程度乖離しているかに応じて決定されます。また、新規収載時に付与された特例的な加算についても、費用対効果の評価を踏まえて調整(減額)されることがあります(※4,5)。

価格調整の判断は、ICERの結果だけで機械的に決まるわけではありません。アプレイザルで費用対効果以外の要素が強く評価された場合、薬価の引き下げ幅が緩和される可能性があります。

HTAにおける費用対効果評価の指標と実務での使い方

HTAの中心的な指標であるQALYとICERは、研究職からマーケティング職まで、製品の価値を科学的・経済的に証明するための共通言語となります。

QALY・ICERの定義と算出方法

ここでは両者の定義や算出方法、その例について説明します。いずれも、治療法の医療的・経済的な影響を客観的に評価するために役立つ考え方です。

QALY(質調整生存年:Quality-Adjusted Life Year)

QALYは、生存期間(量)に、その期間の生活の質(QOL)を加味した健康アウトカム指標です。QALYは、生存年数に以下の効用値を乗じて合計することで算出されます。

  • 効用値(Utility Value):患者の健康状態を数値化したもので、完全な健康状態を1.0、死亡を0.0として評価され、EQ-5Dなどの質問票に基づき算出されます。
  • 意義:QALYは、治療法によってもたらされる複合的な健康改善効果を、疾患や治療法の種類を超えて一つの尺度で比較することを可能にします。
    例えば、完全に健康な人(効用値1.0)が5年生存する場合は1.0×5で5、不健康な人(効用値0.6とする)が5年生存する場合は0.6×5で3となります(※2)。
    同じ5年間であっても健康状態の差が数値に反映されるため、疾患や治療を一つの尺度で比較することができます。

ICER(増分費用効果比:Incremental Cost-Effectiveness Ratio)

ICERは、新規技術と既存の対照技術を比較した際の、追加費用が追加効果(単位をQALYとする)あたりいくらになるかを示す指標です。具体的には、新規技術と対照技術の費用差をQALYの差で割って算出されます。

例えば、従来の治療法が費用200万円で2QALY、新規の治療法が400万円で3QALYの場合、(400万円-200万円)/(3QALY-2QALY)=200万円/QALYとなります。

そのため、ICERの値が小さいほど、新規の治療法は費用対効果に優れていると評価されます。多くの治療法が短期間ではなく長期にわたって効果を発揮するものであるため、ICERの算出にあたっては、将来の費用や効果を現在の価値に引き戻す目的で、割引率の適用が行われます。

日本国内における閾値の基準と評価への影響

ICERの評価基準となる費用対効果の閾値は、公的に明示された絶対値ではありませんが、実務的な判断基準として500万円/QALYが中心的に参照されてきました(※3,4)。これは、日本の医療技術の水準・支払い意思額・国民の所得や生産性・諸外国の基準などから判断された、社会が許容できる1QALY獲得あたりの追加費用の上限を示す目安です。

ICERがこの基準を下回るか近い値であれば「費用対効果が良い」と評価される可能性が高まります。一方で、重篤性やアンメットメディカルニーズが高い分野では、ICERが閾値を超過しても、価格調整が緩和・見送られる柔軟性を持っています(※8)。

研究現場・実務での指標活用のポイント

HTAに関係する指標の理解と活用は、開発パイプラインの価値を最大化するために不可欠です。

ここでは役職に分けて、どのような点が活用のポイントになるかを説明します。

  • 研究職の視点:臨床試験の初期計画段階から、QALY算出の基礎となる効用値データを収集することが大切です。臨床的有効性だけでなく、QOL改善という経済的価値に直結する要素を立証することが、HTAの恩恵を受ける鍵となります。
  • マーケティング職の視点:早期にHTA視点を取り入れた経済性評価シミュレーション(Early HTA)を実施し、目標ICERから逆算して必要な臨床効果の水準を設定することが大切です。また、アプレイザルの時点で提示する費用対効果以外の価値に関する根拠固めを意識しておくと良いでしょう。ICERの数値だけで薬価が決まるわけではないため、費用対効果以外の価値が考慮されることで、薬価の引き下げが緩和される場合が想定されます(※3)。

制度の成果と運用上の課題:日本の現場からの視点

HTA制度の本格導入から数年が経過し、評価実績が積み重なるにつれて、その成果と同時に運用上の課題も明確になってきています。

ここではその実績や事例と、企業側と評価側が感じる課題、リアルワールドデータの活用と今後の改善点について説明します。

HTA導入後の評価実績と成果事例

制度導入後、2020年では6例が対象品目として選定・分析され、2024年1月には50品目が対象として選定され、取り組みが活発になっていることが読み取れます。

費用対効果に優れた医薬品の価値が薬価に反映され、医療費の適正化に貢献した実績が積み上がっています(※4,6)。

企業側・評価側が感じる制度運用の課題

リアルワールドデータ(RWD)の利活用と今後の改善点

費用対効果評価の実効性を高めるうえで、臨床試験外の実際の医療現場における効果や費用を示すリアルワールドデータ(RWD)の利活用は不可欠です(※3,6,7)。

RWD活用の意義:HTAではマルコフモデルなどを用いて長期間の仮定をしたうえで評価が行われます。そこにレセプト情報やDPCデータなどのRWDを活用することで、初期評価時の予測効果と実際の使用における長期的な効果や医療費実態との乖離をより正確に検証でき、経済性評価の精度と妥当性が向上することが期待されます。

今後の課題:RWDをHTAに本格的に組み込むには、データの標準化、評価機関が利用しやすい分析ツールやチェックリストの開発・研究、そして、患者のプライバシー保護に関する倫理的・法的な課題の克服が求められます(※6,7)。

まとめ:HTA制度の本質を理解して研究・実務に活かす

HTAは、日本の医療技術の「価格」が、その「価値」に見合っているかを公的に検証するために必要なものです。

実務への応用を見据えると、製薬企業の研究職やアカデミアの研究者は、基礎研究の段階から、HTAに関連するマインドを持つことが求められるでしょう。

最終的にはQALYの最大化、すなわち「患者のQOL向上」や「生存期間の延長」を意識して日々の業務に取り組むと、これからの医療に役立つ成果に繋げることができます。

実務的には、以下の戦略的視点がポイントです。

  1. 早期のHTAの組み込み:開発の早い段階でICERの目標値を設定し、治験のデザイン、比較対照薬の選定、QOLデータの収集に反映させやすい「HTAフレンドリーな開発」を推進する。
  2. RWD戦略への投資:上市後の再評価リスクを管理するため、RWDの収集・分析体制を構築し、評価機関に対して説得力のある国内実態データを提供する準備をしておく。
  3. アプレイザル証拠の体系化:製品の革新性、重篤な疾患への対応、社会的影響といった費用対効果以外の価値を裏付ける証拠資料を体系的に整備し、アプレイザルでの主張力を高めておき、価格維持・確保に備える。

日本のHTA制度の運用は進化の途上にあるため、その方向性を理解し、いかに先んじて戦略を構築できるかが、今後の研究開発および市場戦略の成否を左右するでしょう。処方行動に与えるインパクトの大きさを再認識できた。


参考文献

※1:独立行政法人 科学技術振興機構 研究開発戦略センター. 調査検討報告書 医療の持続的発展に向けた戦略的な医療技術評価(Health Technology Assessment)の推進. 2012.
※2:国立国会図書館デジタルコレクション. 我が国における医療技術評価 ―現状と制度化に向けた課題―. 調査と情報―ISSUE BRIEF―. 2021.
※3:五十嵐 中. 日本における「医薬品の費用対効果評価」のより良い活用に向けて 提言書. 日本医療政策機構. 2025.
※4:厚生労働省保険局. 今後の医薬品等の費用対効果評価の活用について. 2020
※5:厚生労働省. 費用対効果評価制度の見直しに関する検討(その2). 中央社会保険医療協議会 費用対効果評価専門部会. 2025.
※6:福田 敬. 分析ガイドラインの改定に向けた費用対効果評価における 方法論およびツール等の開発に関する研究. 厚生労働科学研究成果データベース. 2024.
※7:厚生労働省. 費用対効果評価制度の見直しに関する検討(その1). 中央社会保険医療協議会 費用対効果評価専門部会. 2025.
※8:J-Stage.齋藤 信也. 費用対効果以外の要素をいかに扱うべきか? ―アプレイザル(総合的評価)に関する諸問題―. 日本薬物経済研究会雑誌. 2018.


【執筆・監修医師】大塚 真紀

東京大学大学院医学系研究科卒。医学博士、総合内科専門医、腎臓内科専門医、透析専門医。都内の大学病院勤務を経て、夫の仕事の都合で渡米し、アメリカでは研究員として勤務。現在は日本に帰国し、在宅で医療関連の記事の執筆や監修、医療系YouTube監修、企業戦略のための医療系情報収集、医療系コンテンツ制作、医療系生成AIのアドバイザー、オンライン診療、医学意見書作成、看護師や一般向けの書籍執筆など幅広く行う。

【執筆者】吉村友希

医薬品開発職を経て医療ライターに転身。疾患・DX/AI・医療広告・薬機法など、医療と健康に特化した記事制作を担当。英語論文を活用した執筆やSEO対策も可能。YMAA認証取得。

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