2025年薬価改定・HTA・市場アクセスを解説|製薬企業が押さえるべき戦略ポイント#143他RWD関連TOPIXコラム
2026.05.20
2026.05.19
急速に変化する日本の医療制度の中で、薬価制度の動向、特に2025年の薬価改定は、製薬企業の経営、研究開発(R&D)、そして市場アクセス戦略に大きな影響を与える重要な要素です。
さらに、費用対効果評価(HTA:Health Technology Assessment)が本格的に運用されるようになり、新薬の価格設定と保険適用は、新たな論理とデータによって規定される時代を迎えつつあります。
企業は、従来の戦略を見直し、より高度な知見と戦略に基づき対応する必要があります。
そこで本記事では、最新の薬価制度の動きとHTAの仕組みを掘り下げ、企業が確立すべき市場アクセス戦略のポイントを紹介します。
目次
2025年薬価改定・薬価算定の最新動向と今後の制度改革
日本の医療財政の持続可能性は、長年の課題です。このような背景のもと、薬価制度は2021年度から導入された中間年改定により、現在は実質的に毎年見直されています。2025年度の薬価改定は、2024年度の方針で示された変更が具体化される節目となりました。製薬企業は、今後の制度の方向性を正確に把握し、迅速かつ戦略的に備えることが求められています。
2025年度薬価改定の骨子とスケジュール
2025年の薬価改定は、2年に1度の本則改定の間に実施される「中間年改定」に当たりました。2024年度の抜本改革で示された「イノベーションの適切な評価」と「国民皆保険の持続性」のバランスをどう具体化するかが焦点です (参考1)。
改定の具体的なスケジュールと骨子については、以下のような点が焦点となるでしょう。
- スケジュール:薬価調査(市場実勢価格の調査)は、例年通り実施されます。これを受け、秋以降に厚生労働大臣の諮問機関である中央社会保険医療協議会(中医協)で具体的な議論が開始され、改定案が承認された場合、4月に施行されるのが一般的です。
- 骨子:
- 後発医薬品(ジェネリック)への対応:安定供給への貢献度が高い企業の品目に対して、薬価上の評価を検討する動きがあります。一方で、後発品のさらなる使用促進に向けた制度的なルール見直しも継続的に議論されている状況です。
- 長期収載品の評価見直し:市場に長く存在する品目については、市場実勢価格をより厳格に反映させる価格調整や、ジェネリック医薬品への切り替えを促進するための措置が、さらに強化される方向にあると見ていいでしょう。
- イノベーション評価の維持・強化:画期的な新薬や希少疾病用医薬品(オーファンドラッグ)など、医療上の有用性が高い品目への適切な評価を維持することは、日本の医療イノベーションにとって不可欠です。このための加算制度の見直しや、後述のHTAにおけるイノベーション評価の明確化が図られることになるでしょう。
薬価算定と市場拡大再算定の概要と影響
新薬の薬価は、原則として原価計算方式または類似薬効比較方式によって算定されます(参考2)。
- 類似薬効比較方式:既に存在する類似薬の薬価をベースとして、新薬の有用性加算や市場性加算を加えて価格を決定する方法です。これが新薬の多くに適用されるでしょう。
- 原価計算方式:開発コスト、営業費用、そして適正な営業利益等(研究開発費を含む)を積み上げて算定する方式です。計算に含まれる利益や販管費には上限があるため、過度な価格設定は抑制される仕組みになっています。類似薬がない、または比較が難しい画期的な新薬(画期性加算の対象など)に適用されます。
一方で、『市場拡大再算定』は、薬価収載後に販売額が急激に拡大した品目に対して、期中であっても特例的に薬価を引き下げる制度です(参考3)。
- 対象となる主な条件:年間販売額が一定の基準額(例:1,000億円、または1,500億円超)を超えることや、予測市場規模と実績市場規模の乖離率が一定以上であることなどです。
- 製薬企業への影響:市場拡大再算定は、特にブロックバスターとなり得る大型新薬にとって、価格の下落リスクとして重くのしかかります。企業は、市場予測の精度を上げると同時に、販売拡大に伴う薬価の下落を織り込んだリスクヘッジ戦略やプライシング戦略を上市前の段階から綿密に構築しておく必要があるでしょう。
医療技術評価とHTAの仕組みと最新状況
日本における新薬や新たな医療技術の保険償還価格を決定するプロセスに、HTAの要素が組み込まれ、その存在感は増すばかりです。なお、日本のHTAは価格を直接決定するものではなく、評価結果が薬価調整に反映される仕組みです。HTAは、単なる臨床的有効性だけでなく、経済的な合理性をも評価することで、限りある医療資源を効率的に配分することを目指すものです。
QALYとICERとは?HTAの基本
HTAにおける最も重要な指標が、QALY(Quality-Adjusted Life Years:質調整生存年)とICER(Incremental Cost-Effectiveness Ratio:増分費用対効果比)です。これらは、HTAを理解するための基本的な指標といえます。
- QALY:治療によって延びた生存期間に、その期間の生活の質(QOL)を調整した重みをかけた指標です。1QALYは「完全に健康な状態を1として1年間生存すること」を意味し、医療技術がもたらす健康状態の改善度合いを数値化する国際標準的な方法です。効用値(Quality-of-Life weight)は0(死亡または最悪の状態)から1(完全に健康)の間の数値を取るのが特徴です。
- ICER:ある医療技術(新薬など)が標準治療と比較して、追加で必要となる費用と追加で得られる効果(QALY)の比率を示す指標です。これが費用対効果の「良さ」を測る核心的な指標となります。 ICERは、増分費用(新薬と標準治療の費用の差)を、増分効果(新薬の効果と標準治療の効果の差)で割ることによって算出されます。 日本のHTA制度では、500万円(指定難病や小児、がん等の対象品目は上限1,000万円)/QALYが閾値(しきいち)の運用上の目安として用いられています。ICERがこの値を大きく超える場合、その新薬の価格には調整(引き下げ)が加えられる可能性があるのです。
この分析をしていくには、臨床データに加え、疾患の自然経過、医療費、患者のQOLといった多様なデータを統合した経済性モデルの構築が不可欠となります。
中医協による評価体制と保険適用への影響
日本におけるHTAの実務は、中医協の下、HTAを専門とする組織で進められています。
- 評価対象:主に高額かつ革新的な新薬が選定されます。具体的には、薬価算定時に加算(有用性加算、市場性加算など)がついた品目、または年間販売額が一定規模を超える品目などが対象となります(参考4)。
- 評価プロセス:
- 対象品目のデータ収集:新薬の臨床データに加え、日本の医療環境に基づいた経済性評価レポート(費用対効果分析)を収集します。
- 専門組織による評価:専門組織は、提出されたデータをもとにICERなどを算出し、その費用対効果が日本の医療システムにとって許容できる範囲にあるかを評価します。
- 中医協での薬価調整:評価の結果、費用対効果が低い(ICERが閾値を大きく超える)と判断された場合、薬価の引き下げという形で調整されます。逆に、極めて費用対効果が高い場合は、価格維持の強力な根拠となるでしょう。
この一連の制度は、製薬企業に対し、臨床的なメリットだけでなく、経済的なメリットもエビデンスに基づき立証することを強く求めているのです。
製薬企業が備えるべき市場アクセスと価格戦略
薬価制度とHTAの強化は、製薬企業の市場アクセス(Market Access)戦略の根本的な見直しを求めています。もはや、製品の上市後のプロモーション活動だけに頼ることはできません。開発の初期段階、つまり臨床試験のデザイン段階から薬価と保険償還の視点を組み込むことが、市場での成功を左右する鍵となるでしょう。
マーケットアクセス職・プライシング職の実務と重要性
市場アクセス戦略を専門とするマーケットアクセス職やプライシング職の企業内での重要性は、近年、劇的に高まっています。
企業によって所属部署や担当範囲は異なりますが、以下のような役割や実務を担います。
- マーケットアクセス職:
- 役割:新薬が日本の医療現場にスムーズに導入され、適切な保険償還価格を獲得するための戦略全体を設計・実行することです。
- 実務:開発早期からR&D部門と密接に連携し、臨床アウトカムが薬価算定やHTAで高く評価されるよう、適切なエンドポイントの設定や比較対象薬の選定をサポートします。また、外部機関に対し、製品の価値をエビデンスベースで説得力をもって示す戦略立案なども担います。
- プライシング職:
- 役割:薬価算定プロセスとHTAの結果を深く予測し、企業にとって最適かつ持続可能な価格戦略を立案・実行することです。
- 実務:費用対効果分析のための経済性モデルの構築や、ICERなどの結果を事前にシミュレーションします。さらに、市場拡大再算定のリスクを低減するための販売予測の管理、競合製品の価格動向分析、さらには薬価調査への対応といった、価格に関する全ての事象をカバーする重要な役割を担います。
これらの専門職は、R&D、マーケティング、財務といった複数の部門を結びつけ、製品のライフサイクル全体を通じて価値の最大化を図るハブとしても機能するでしょう。
再生医療等製品の保険適用と加算の制度設計
近年、再生医療等製品などの極めて革新的な医療技術は、従来の医薬品とは異なる特性を持つため、特有の薬価算定・保険適用制度が設けられています。
- 制度上の対応:
- 薬価算定:従来の原価計算方式や、革新性や開発の難易度を考慮した特例的な加算(例:イノベーション加算)が設けられています。これにより、開発コストに見合った価格設定が可能になることが期待されます。
- 保険適用上の工夫:製品の特性に応じて、長期間の安全性・有効性の検証を前提とした条件及び期限付き承認による部分的な償還や、上市後もリアルワールドデータの活用などにより継続的なデータ収集が求められる場合があります。また、販売額が大きく変動するリスクに対応するため、再生医療等製品も販売後の実績に基づいた価格調整の対象となります。
製薬企業は、再生医療等製品のような革新的な製品に対し、従来のルールに縛られず、製品の真の価値と公衆衛生上の意義を十分に立証できるデータと、それに適合した償還戦略を開発初期から考えておく必要があるでしょう。
薬価制度改革が企業経営・R&Dにもたらす影響
薬価制度の頻繁な見直しとHTAの本格導入は、製薬企業の企業経営とR&Dの意思決定に、不可逆的かつ構造的な影響を与えています。価格調整のリスクは、企業の投資判断に大きな影響を与えるでしょう。
薬価改定によるR&Dと価格戦略への影響
薬価改定やHTAによる価格調整のリスクは、開発パイプラインの選択に強い影響を及ぼします。
- R&Dへの影響
- 開発品目の選択:企業は、単にアンメット・メディカル・ニーズに応えるだけでなく、HTAにおいて高い費用対効果を証明できる可能性が高い疾患領域や作用機序の製品に、R&Dリソースを集中させる傾向が強まっています。
- 臨床試験設計:HTAで有利となるよう、臨床試験の対照群(比較薬)の選定やアウトカム指標(QALY算出に必要なデータなど)の収集を、開発の早い段階から意識して組み込む必要性が高まっています。つまり、臨床的な優位性だけでなく、経済的な優位性を示すためのエビデンスを計画的に収集する必要があります。
- 価格戦略への影響
- グローバル戦略との連携:日本市場での薬価設定は、参照国制度を持つ他国の価格設定に影響を与える可能性があるため、日本でのプライシングはグローバルな価格戦略の一部として、極めて慎重に検討されるべきでしょう。
- 早期データ収集の重要性:HTAに対応するため、リアルワールドデータ(RWD)や患者報告アウトカム(PROs)などを活用し、日本国内の臨床実態に即した追加的有用性を客観的に証明するエビデンスパッケージを構築することが、市場での成功に強く影響するでしょう。
ドラッグ・ラグのリスクとイノベーション評価の今後
日本における薬価制度の厳格化、特に頻繁な市場実勢価格に基づく薬価引き下げや、HTAによる価格調整のプレッシャーは、ドラッグ・ラグ(Drug Lag)のリスクを再び高める可能性があります。
- リスクのメカニズム:日本市場の薬価が、グローバルな水準や期待収益と比較して魅力的でなくなると、グローバル製薬企業は、新薬の世界戦略において日本市場の優先順位を引き下げる可能性があります。その結果、日本の患者への新薬提供が遅れることになりかねません。
- イノベーション評価の方向性:日本の薬価制度では、イノベーションの評価と患者アクセスの維持の重要性が十分に認識されています。薬価改定の議論では、画期的な新薬に対する加算制度の安定化や明確化が常に重要な論点です。今後は、R&Dの難易度や公衆衛生上の重要性といった価値を、どのように制度設計に組み込んでいくかが焦点となる可能性もあるでしょう。
製薬企業は、制度の厳格化を単なるコストとして捉えるのではなく、イノベーションと価格の正当性を深く結びつける戦略的な機会として活用していく必要があります。
まとめ:制度理解が製薬戦略の鍵を握る時代へ
2025年薬価改定、HTAの本格化、そしてこれに伴う市場アクセスの複雑化は、日本の製薬業界に大きな構造変革を求めています。製薬企業の研究職や開発職、マーケティング職、そして製薬企業外の研究者にとって、これらの制度を深く理解し、自社のR&D戦略と製品開発に反映させることは、もはや必須の戦略要件です。
- 薬価制度:頻繁な改定や市場拡大再算定のリスクを織り込み、上市前から予見性の高いプライシング戦略を構築しなければなりません。
- HTA:QALYとICERの視点を取り入れ、臨床的有効性に加えて経済的な価値を裏付ける強力なエビデンスパッケージを作成することが求められています。
- 市場アクセス:R&Dの初期段階からマーケットアクセス部門と連携し、製品のアウトカムが日本の医療制度に最大限に評価されるよう、臨床開発を戦略的に設計する必要があるでしょう。
医療技術の進歩と財政の持続可能性という強いトレードオフ関係にある課題に直面する時代において、制度の「なぜ」と「どのように」を深く理解し、それを戦略に活かす能力こそが、企業経営の成否を分ける鍵を握っています。
参考文献
(参考1)厚生労働省. ○令和7年度薬価改定について https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/001374477.pdf
(参考2)公益社団法人 広島県薬剤師会 日薬業発第434号 https://www.hiroyaku.or.jp/wp-content/uploads/2025/06/20240219yakkasannteinokijyunnituite.pdf
(参考3)厚生労働省. 中央社会保険医療協議会(中央社会保険医療協議会薬価専門部会) https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/shingi-chuo_128157.html
(参考4)厚生労働省. 令和8年度薬価改定について https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/001596965.pdf
【執筆・監修医師】大塚 真紀
東京大学大学院医学系研究科卒。医学博士、総合内科専門医、腎臓内科専門医、透析専門医。都内の大学病院勤務を経て、夫の仕事の都合で渡米し、アメリカでは研究員として勤務。現在は日本に帰国し、在宅で医療関連の記事の執筆や監修、医療系YouTube監修、企業戦略のための医療系情報収集、医療系コンテンツ制作、医療系生成AIのアドバイザー、オンライン診療、医学意見書作成、看護師や一般向けの書籍執筆など幅広く行う。
【執筆者】吉村友希
医薬品開発職を経て医療ライターに転身。疾患・DX/AI・医療広告・薬機法など、医療と健康に特化した記事制作を担当。英語論文を活用した執筆やSEO対策も可能。YMAA認証取得。
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