HTA 評価方法の国際比較 : 手法と制度の多様性を読み解く#154他RWD関連TOPIXコラム
医療技術の進歩と財源の持続可能性という二律背反の課題に直面する現代において、HTAは各国でその役割を増しており、その手法と制度の多様性を深く理解することは、研究開発戦略や市場導入戦略を立案するうえで不可欠です。
本稿では、医療技術評価(Health Technology Assessment:HTA)の国際的な構造と評価手法に焦点を当て、特に欧米諸国と日本の違いを、研究者および製薬企業関係者向けに解説します。
目次
HTAとは何か:国際基準と目的の共通点
医療技術評価(HTA)は、医療技術の導入が社会全体にもたらす価値をさまざまな観点から分析するプロセスです。本章では、HTAの基本的な定義と、それが各国で導入された普遍的な背景について概説します。
HTAの基本定義と目的(臨床的有効性+経済性・社会性の総合評価)
HTAの定義は複数あります。
まず、HTAを実施する国の公的機関が所属する医療技術評価機関国際ネットワーク(INAHTA:International Network of Agencies for Health Technology Assessment)の定義は、「医療技術の特性や影響の系統的評価」です。
その他、解説書などでは「医療技術の開発、普及、および使用により生じる医学的、経済的、社会的、かつ倫理的意義を分析する学際的な政策研究分野である」と定義されています。
これらの定義の通り、HTAは新しい医薬品や医療機器などの効果を費用と比較するだけでなく、臨床的有効性、経済性(費用対効果)、倫理的・社会的側面など、多角的な観点から総合的に評価することを意味します。
医療政策における意思決定を支えるため、このような総合的な評価を実施することがHTAの目的です。
なぜ各国でHTA制度が導入されたか : 医療技術の高度化、医療費抑制、持続可能性の観点からの背景比較
各国でHTA制度が導入された背景には、共通して医療技術の高度化と医療費の抑制という課題が存在します。
また、イギリスで提供されている医療のうち約半数が、臨床現場で有用性が証明されていないという調査結果もあります。
国によりHTAのプロセスや結果の扱い方に違いはありますが、いずれも限られた医療資源を適切に分配すること、医療の質を向上させること、医療制度を維持することがHTA制度導入の目的です。
国によるHTAの制度構造と評価機関の違い
HTAの結果が医療政策に反映される方法は、各国の医療制度の構造に深く根ざしています。本章では、HTAの意思決定が「償還判断」に直結する国々と、「価格調整・交渉」に用いられる国々の制度構造を説明します。
イギリス・オーストラリアなど「保険償還(給付/保険適用)判断型」HTA制度の特徴と運用方法
イギリスのNICE(National Institute for Health and Care Excellence:英国国立医療技術評価機構)、オーストラリアのPBAC(Pharmaceutical Benefits Advisory Committee:医薬品給付諮問委員会)などのHTA機関は、HTA結果を公的医療保険による償還・給付の可否を決定する主要な根拠とする「償還判断型」の代表例です(参考1,2)。
- 特徴:評価基準が費用対効果の閾値で示されるなど明確。承認から保険償還まで数ヶ月待つ必要があり、患者がアクセスできる医薬品が少ない。
- 運用方法:イギリスのNICEでは、ICER(Incremental Cost-Effectiveness Ratio:増分費用効果比)がQALY(Quality-Adjusted Life Year:質調整生存年)あたり£25,000〜£35,000(※従来の£20,000〜£30,000から2026年に改定)が基準とされています(参考1)。オーストラリアのPBACでは、製薬企業から提出されたデータを年に3回レビューして保険償還の可否について推奨(勧告)を行います(参考3)。
ドイツ・フランス・日本など「価格調整型/交渉型」HTA制度の特徴
ドイツのIQWiG(Institute for Quality and Efficiency in Health Care:医療品質・効率性研究所)、フランスのHAS(Haute Autorité de santé:高等保健機構)、そして日本の厚生労働省や中央社会保険医療協議会などが採用する制度は、主に薬価(価格)の調整や価格交渉にHTAの結果を利用する「価格調整型/交渉型」に分類されます(参考1,2,4)。
- 特徴:HTAの結果が保険償還の判断に直接的に使用されないため、市場で発売された医薬品や医療機器に患者がアクセスしやすい。
- 運用方法:日本では、既存薬との比較によるICERを算出し、革新性や重篤性など費用対効果分析以外の要素についても検討するアプレイザル(総合的評価)が薬価調整のプロセスに含まれます(参考4)。
主な評価手法(CEA/CUA)の国際比較
続いて、評価手法の側面から各国の違いを説明します。本章では、費用対効果分析(Cost-Effectiveness Analysis:CEA)と費用効用分析(Cost-Utility Analysis:CUA)の定義、そしてQALYやICERといった共通指標の適用状況を解説します。
費用対効果分析/費用効用分析の定義と使われ方:どの国でどの手法が主流か
HTAにおける主要な手法は、CEA(費用対効果分析)とCUA(費用効用分析)です。
- CEA(費用対効果分析):費用を、自然な単位の健康アウトカム(例:生存年数やイベント回避など)で割って評価します。
- CUA(費用効用分析):費用を、汎用的な単位であるQALY(質調整生存年)を用いて評価する手法です。
日本の費用対効果評価では、QALYを用いた分析が中心的な手法として導入されています。
QALYやICERなどの共通指標の利用状況と国による違い
ここではQALYとICERに分けて説明します。
QALYの利用状況
QALYは、生存期間の長さに、その期間の生活の質(QOL:Quality of Life)を調整した重み(効用値:死亡を0.0、完全に健康な状態を1.0として)を掛け合わせて算出される指標です。
例:
健康な人(効用値1.0)が5年生きる場合、QALYは5.0
不健康な人(0.4)が5年生きる場合、QALYは2.0
生存年数だけでなく健康状態の差も考慮することで、疾患や治療を一つの尺度で評価します。
QALYベースの分析はイギリスやオーストラリア、日本で用いられています。
ICERの利用状況
ICERは、新規技術が既存技術に比べて追加的にかかる費用を、追加的に得られる効果(QALYや1生存年など)で割った値です。
償還判断型ではICERが明確な閾値に関係し、例えばイギリスではICERの閾値が£25,000〜£35,000/QALY(従来は£20,000〜£30,000/QALY)の範囲で設定されています。
日本のような価格調整型では、ICERは価格調整の度合いを決定する判断材料の一つとなります(参考4)。
複雑な治療や医療技術に対する評価手法の拡張 ― 国際的な議論と実例からの考察
近年では、希少疾患や複雑な医療機器など、従来のHTAによる評価方法では対応が難しい場合があります。
また、臨床試験の評価機関とHTAを実施する機関において、判断や評価軸の違いも複数の国で発生しています。
これらのギャップを解消するため、早期からHTAの不確実性を低減するような試験デザインを設計することや、リアルワールドエビデンス(RWE:Real-World Evidence)を用いた再解析など、評価に伴う負担を軽減する手段が取られています(参考3)。
また、イギリスの例では追加データの収集時には臨時予算から給付されるなど、評価に伴う負荷を低減することも、複雑な治療や医療技術のHTAによる評価を補助する手段といえます。
評価結果から意思決定への反映:償還 vs 価格調整 vs 価値基準
続いて、HTAの評価結果が実際の医療政策にどのように反映されるのかを説明します。
償還決定にHTAを用いる国(イギリス・オーストラリアほか)の運用例と意思決定に影響する要因
償還判断型の国では、HTA機関の推奨が公的保険による給付の可否をほぼ決定づけます。
- イギリスNICE
評価の結果次第で「使用を推奨する」「推奨しない」「使用パターンや条件を推奨する」の3パターンの決定が勧告されます(参考2)。 - オーストラリアPBAC
PBACによる推奨がなければ、保健大臣がその医薬品を公的補助対象として収載できません(参考5)。
ただし最終的には、費用対効果分析の結果だけでなく、いまだ満たされていない医療ニーズ、倫理的考慮事項、患者および臨床医の意見、革新性といった非経済的な要因も考慮されます(参考3)。
例えば、イギリスでは患者のアクセスを確保するための措置として、患者アクセススキーム(PAS:Patient Access Scheme)という仕組みで、リスト価格はそのままで、実際には割引価格でメーカーが供給する例もあります(参考2)。
価格交渉や薬価調整を中心とする国(ドイツ、フランス、日本など)の制度と、HTA手法が価格にどう反映されるかの比較
価格調整型の国では、HTAの結果は償還の可否ではなく、薬価の決定プロセスに組み込まれます。
- ドイツIQWiG
参照価格グループが設定されているものは償還価格に上限があるものの、ドイツでは新規の医薬品は自由価格です。
参照価格グループに該当しない新薬は市販から約1年以内に、IQWiGにより追加的有用性が評価されます。 - フランスHAS
医薬品を保険償還対象医薬品リストに収載するため、まずはHASによる対象医薬品の評価が実施されます。
この評価はHASの専門委員会の一つであるCT(Transparency Committee:透明性委員会)が、対象医薬品そのものの評価と、既存薬との相対評価の2種類の調査を担います。
この評価結果をもとに、HASとは他組織であるCEPSが価格の決定、UNCAM(Union nationale des caisses d’assurance maladie:全国医療保険金庫連合)が保険償還率を決定します(参考6)。 - 日本
QALYやICERを用いた費用対効果の評価アセスメント、費用以外の社会的倫理的な側面を含めて評価するアプレイザル、最終的な意思決定・価格調整の流れで実施されます。
既に公的医療保険が適用されたものに費用対効果評価が実施されるため、評価結果のICERは価格調整にのみ使用され、保険償還の可否の判断には原則使用されません(参考7)。
HTA手法/制度の限界と新たな挑戦|複雑医療・価値の多次元性への対応
各国により医療技術の評価方法に違いがあるものの、臨床的に価値のある医薬品や医療機器を開発することや、持続可能な費用水準であることが大切なポイントだと読み取れます。
医療資源や経済的資源が限られているのはどの国でも共通しているため、開発コストをできる限り抑えられるよう設計しておくことは重要なポイントです。
アプレイザルにより、費用以外の社会的価値や医療的な価値が考慮されることから、対象となる医薬品の価値が多面的に評価されることも留意しておく必要があります。
また、前提として、HTAの制度や手法はこれからも医療の状況や市場に合わせて変化していくことが予想されます。
例えば、遺伝子治療、希少疾患治療、高額ながん治療、個別化医療など、多様なケースが想定されます。
価格調整の場合には市販後のデータがレビュー・評価に利用される点も踏まえて、データ収集や管理の方法も、HTAを想定しておくとよいでしょう。
【まとめ】HTA評価手法の国際比較から見える制度の多様性と今後の展望
このように、各国のHTA制度を比較すると、イギリスやオーストラリアのように「保険償還の可否」を重視する国と、日本のように「価格調整」を中心に運用する国とで、意思決定構造に違いが見えてきます。
ただし、費用対効果に関する分析や評価だけでなく、倫理性・患者中心性・社会的価値を含めた総合判断も踏まえて、保険償還の可否や価格、国の制度による柔軟な対応が決定される傾向にあります。
医薬品や医療機器の開発においては、国内外で共通して、医療上の価値と持続可能な費用水準とのバランスが重要になることが予想されます。
参考文献
(参考1)厚生労働科学研究成果データベース「4. 諸外国のHTA機関の調査」
(参考2)厚生労働省「諸外国の費用対効果評価の現況について」
(参考3)医薬産業政策研究所「HTA機関における意思決定要因の解析」
(参考4)厚生労働省(欧州製薬団体連合会)「中央社会保険医療協議会 費用対効果評価専門部会─ 意見陳述資料 ─」
(参考5)The University of SYDNEY「The Australian Health System and HTA」
(参考6)健康保険組合連合会「医療・医薬品等の医学的・経済的評価に関する調査研究-フランスにおける取組を中心として-報告書(概要)」
(参考7)国立国会図書館デジタルコレクション「我が国における医療技術評価―現状と制度化に向けた課題―」
【監修医師】大塚 真紀
東京大学大学院医学系研究科卒。医学博士、総合内科専門医、腎臓内科専門医、透析専門医。都内の大学病院勤務を経て、夫の仕事の都合で渡米し、アメリカでは研究員として勤務。現在は日本に帰国し、在宅で医療関連の記事の執筆や監修、医療系YouTube監修、企業戦略のための医療系情報収集、医療系コンテンツ制作、医療系生成AIのアドバイザー、オンライン診療、医学意見書作成、看護師や一般向けの書籍執筆など幅広く活動している。
【執筆者】吉村友希
医薬品開発職を経て医療ライターに転身。疾患・DX/AI・医療広告・薬機法など、医療と健康に特化した記事制作を担当。英語論文を活用した執筆やSEO対策も可能。YMAA認証取得。



